8-7
パーティーが閉会すると、駐車場で錦馬を同乗させてとっぷりと暮れた夜の帰り道に就いた。
「あたしがなんであんな格好でステージに上がらないといけないのよ」
後部座席で錦馬が不満をぶちまける。
「ステージに上がるだけでも嫌なのに、ましてや男性を誘惑するような衣装で。たまに優香の神経を疑いなるわよ」
「嫌なら断ればよかっただろ」
義務などないはずである。
「自分のことを見込んでお願いしてくれてるんだから、断るのも気が引けるのよ」
「野上に誘われたのか?」
「そうよ。一緒に着てパーティー盛り上げましょうって。別にあんな格好じゃなくてもいいと思うんだけど」
「まあ、錦馬だからこそあの衣装だったんだろ」
錦馬のプロポーションなら似合う、とおそらく野上は踏んで錦馬に着せたのだ。
本人が嫌がってるわりには、視線を釘づけにされてしまいそうなぐらい魅力的だった。
「私だからこそって言うけど、やたら体のラインが出る衣装ばっかり着るのも考え物よ」
「どうしてだ?」
グラビア撮影で露出高い衣装を着こなしているにしては、否定的な発言である。
錦馬は車内を写したミラーを介して、俺へと真面目な視線を据えた。
「私の身体ってグラビアとしての価値が高いの。仕事以外でも頻繁に露出して安売りしていいものじゃないのよ」
「でもまあ、ビンゴ大会が結果盛り上がったから良かったじゃないか」
「それはそうだけど」
宥める言葉をかけたが、錦馬はまだ不服そうだ。
同乗者の機嫌悪いままなのは少し居心地が悪いので、話題を替えることにしよう。
「錦馬はビンゴ大会で景品もらったか?」
「ええ、もらったわよ。C賞だけど」
景品の話になり、錦馬の声から険が消える。
「じゃあ同じだ。俺もC賞だ」
「中身は何だったの?」
「商品券五千円分、お前は?」
「私は遊園地のチケット。欲しいならあげるわよ」
「遠慮しとく。誰か誘って行ってこい」
「そうね。知り合いと一緒に行こうかしら」
「誰を誘う気なんだ?」
「まだ決まってないわよ。それに都合が合うかわからないし」
と、関心なさげな声で言った。
あまり乗り気ではなさそうだ。
「錦馬は今欲しいものあるか?」
「何よ、急に?」
「商品券五千円以内で何かあるか?」
「奢られる気はないわよ。それに使い道も限られてるじゃない」
「そうだな。じゃあ何を買えばいいと思う?」
「おせち、なんてどうよ。安いものなら金額内に収まるんじゃない」
「正月は実家に顔出すかもしれないからな。おせちはおそらく実家で用意されてるだろうし」
「え、なに、あんた正月いないの?」
世間話のつもりで話したのだが、錦馬が意外そうな声で聞き返してきた。
「マズいか?」
「正月でも仕事入れば受けるつもりだったから」
「錦馬が仕事受けるなら俺も帰省を取りやめてもいいけどな」
仕事を断ってまでも実家に戻る必要はない。
ミラーの中の錦馬は遠慮するように手を振る。
「取りやめないでいいわよ。正月なんてほとんど仕事入らないだろうから、家族のところに顔を出してあげて」
「そうか。なら帰省させてもらう。けど、何かあったらすぐこっちに戻れるようにはしとくよ」
「正月の間ぐらい仕事のことを考えなくていいわよ。私も気ままに過ごすから」
気遣う口調で言い、取ってつけたように微笑んだ。
「錦馬は正月に家族と会うのか?」
「……どうしようかしらね」
俺の問いに答えにならない返事をして、錦馬は窓の外を流れる夜の景色に顔を向けた。
ミラーに映るその横顔が何故か暗く沈んで見えた。
「ねえ?」
思い出したように話しかけてくる。先ほどまであった表情の暗さはどこにもない。
「遊園地の正月明けっていつから?」
「三日ぐらいだろ。そんなこと聞いてどうした突然?」
「撮影の仕事が始まる前に使っちゃおうと思ったのよ。始まると忙しくなるから」
錦馬の頭の中には常に仕事のことがあるのだろう。
熱心だな、ほんとに。
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