8-6
「やあやあ、浅葱君」
ビンゴ大会が終わってディナーの時間に入ってしばらくすると、雑誌のグラビア担当がいたテーブルを離れて偶然一人になっていた俺の元に入澤さんが歩み寄ってきた。
ビンゴ大会開始時と同様に仰々しいカメラを抱えている。
「どうしたんですか入澤さん?」
「ビンゴの方はどうだった?」
前置き、みたいな口調で訊いてくる。
「俺と西条はC賞でした。けど野上がPOフィフス当ててたので西条が交換してもらってました」
「C賞の中身はなんだったの?」
「俺は商品券で、西条が水族館のチケットです」
「私が渡したカードはビンゴしなかったのかい?」
「フォーリーチどまりでした」
「ありゃ、それは残念だね」
大して残念そうにしていない声を出す。
「撮影の方はどうだったんですか?」
本格的機材を使う撮影の内容が気になって俺の方から尋ねる。
「バッチリだ」
入澤さんはサムズアップした。
「国宝級に貴重な映像を撮ることができたよ」
「国宝級、ですか」
大袈裟だな。たかがパーティーの記録映像だろうに。
「よければ、浅葱君に見せてあげるよ」
「見せてもらっても困りますよ。パーティーの記録映像なんて」
「パーティーの記録映像? はは、浅葱君は勘違いしてるみたいだね」
入澤さんが愉快そうな笑い声を交えて言った。
「記録映像じゃないんですか。じゃあ一体何を撮影してたんですか?」
「決まってるよ。錦馬さんと野上さんのエッロエロのサンタコスチューム」
エッロエロって、女性が言っていいワードじゃない。
それに錦馬と野上の着ていたサンタの衣装は、グラビア撮影の水着や下着よりも露出が少なかったんだけどな。
「中々お目にかかれない衣装だよ。またお腹部分だけ空いてるのがそそるよねぇ」
「グラビア撮影の時の方が肌の色は多いじゃないですか」
「わかってないね。浅葱君」
教鞭のごとく人差し指をピシリと突き付けてきた。
「グラドルの衣装は理屈じゃない。露出が多ければとか、胸元が開いていればとか、そんな単純なギミックじゃ読者は釣れないんだよ。
サンタの赤色に腹部にだけ肌色が覗いているからウエスト部分が映えるんだ。もしもあのサンタコスが胸を強調するものだったら見ている側の最初の視線は胸に向いてしまう。
だから今回のサンタコスチュームは、野上さんと錦馬さんの艶美で欲情的なボディラインのうちウエストを見せることに重きを置かれた稀な衣装なんだよ」
長広舌をまくし立てた。その癖してカメラを抱える腕の方がプルプル震えてきている。
「あの、機材運ぶの手伝いましょうか?」
「……助かる」
少し躊躇する素振りを見せたが、機材を俺の方に近づける。
両手を受け皿のようにして受け取った。
想像よりもズッシリとした重みが腕に圧し掛かる。
「案外重いんですね」
「そうだよ。でも軽いカメラは性能は落ちるからね。妥協はしたくない」
妥協してもいいのでは。辛い思いをしてまでグラドルの貴重な衣装姿を撮る気持ちが理解できない。
「あー、腕が楽」
途端に重量から解放された細腕を、絵本のお化けみたいにぶら下げるように揺らした。
「この機材はどこまで運ぶんですか?」
「ホテルの駐車場に社用車を停めてあるから、私も行くけどそこまでお願い」
「わかりました」
「あんまり腕が太くなるのは嫌だからね。ほんとに助かるよ」
珍しく女性らしいことを口にしてから入澤さんは駐車場の方向へ歩き出した。
入澤さんもやっぱり腕の太さとか気にするんだな。
一瞬でも可愛いな、と思ってしまった自分が恥ずかしい。
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