8-5

 ビンゴ大会終了後に俺は西条に同伴して、ステージ脇から降りてきた野上を西条が呼び止めた。

 A賞の景品の箱は大きいため、パーティー最後に引き当てた人が各自が持って帰るらしいので、野上は手に何も持っていない。


「なんですか、西条さん」


 用件を尋ね、ちらりと西条の後ろにいる俺も見てきた。

 俺は途端に緊張して視線を外す。


「POフィフスを譲ってくれ!」


 西条が前置きもなく切り出した。

 POフィフス、と野上は首をかしげる。


「なんですか、それ」

「お前が景品として貰った箱の中身だ。最新型のゲーム機だ」


 新型かどうかは関係ない。


「あの箱の中身、ゲーム機なんですか。まだ包装破いてないからわからないと思うけど」

「間違いない。私のゲーム本能が言っている」


 ゲーム本能って、こういう時に使う言葉なのか。そもそもゲーム本能ってなんだ。


「西条さんは私の景品が欲しいんですね?」


確認を取るように尋ねる。


「そうだ。譲ってくれるのか?」


 西条が返答急ぐ。

 野上は顎に指を当て思案の顔になった。


「どうしましょうかね。私はゲームしませんから譲ってもいいですけど」

「なら譲ってくれるのだな?」

「でもせっかく戴いた景品ですから、何もなしで譲っちゃったら他の欲しかった人に悪いですよね」

「では、どうするのだ?」


 無償で譲り受けるつもりだったのか、西条は不得要領な声を出した。


「西条さんは何を貰ったんですか?」


 野上が訊き返す。


「水族館のペアチケットだ」

「じゃあ、それと交換しましょう」

「ホントにいいのか?」

「私はゲームをするよりも水族館に行きたいですから」

「じゃあ、交渉成立だな」


 今にも歓喜を叫びかねない声で西条が宣した。

 野上は再び俺に視線を向けて口を開いた。


「浅葱さんってほんとにお人好しですよね」

「そうだな。確かに浅葱はお人好しだ。付いてきてくれって頼んだら、断らずに付いてきてくれたからな」


 胸を張るような口調で言った。

 自覚ないけど、俺ってお人好しなのか。

 西条が野上に封筒ごとチケットを渡す。


「盗難と間違われないように。交換したことは一応社長さんに伝えておいてくださいね」

「そうだな。今すぐ行ってくる」


 チケットが手から離れるや否や、西条はステージの方で景品の余り数を数えている社長の元へ駆け出した。

 この場に俺と野上だけが残る。


「浅葱さん」


 いつもより少しだけトーンの低い声で野上が話しかけてくる。

 告白を断った気まずさで、俺は真っすぐには目線を合わせずに「なんだ?」と言葉を促した。


「浅葱さんってよく鈍感って言われません?」

「多分、言われたことないな」

「そうですか。ならもう少し女性の言動に気を払った方がいいですよ。せっかくのチャンスが逃げちゃいますよ」

「……」


 野上は告白を断ったことを暗に詰っているのだろうか。

 胸に刺さるような言葉を受けて顔向けできないでいると、ひらりと野上は身を翻した。


「それじゃあ、私は着替えてきますので」


 明るい声音で告げ、軽い足取りで去っていった。


 あの時、野上の告白に応じていたら良かったのだろうか。

 今は好きという感情がなくても、付き合っていくうちに好きになっていくのかもしれない。

 ――わからない。

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