8-4

 前触れもなく照明の灯ったステージに目を向ける。

 ステージ上にマイクを持った社長が立っている。

 社長の後ろには長机、その上に回し車のようなビンゴマシーン。

 そこまでは、ありきたりな光景だ。

 だけど、ビンゴマシーンの回し役であろう人物二人が際立っている。


「ステージにいるのは野上と錦馬ではないか」


 西条も気が付いたらしい。

 ビンゴマシーンの両隣りに、お腹の部分が空いたサンタコスチュームの野上と錦馬が立っている。

 野上は快活な笑顔を振りまき、錦馬は恥ずかしそうにぎこちない笑みで表情を硬くしている。

 挨拶回りの時に野上が錦馬を連れて行ったのは、ステージに上がらせるためだったのか。

 それにしてもなんとも蠱惑的は衣装なんだ。二人ともスタイルがいいから余計に艶めかしく見ているこっちまで恥ずかしくなる。


「皆さん、ビンゴカードは行き届きましたか」


 社長がマイク越しに会場にいる出席者に確認を取る。

 まだ配られてませーん、と出席者の一部が手を挙げた。

 みんな物慣れてるみたいだから、ビンゴ大会は毎年やってるんだろう。


「入澤。早く配って」


 会場のどこかにいる入澤さんに社長から指示が飛ぶ。

 ただいまー、と入澤さんが返答して、カードが配られていない人たちのところへ向かう、かと思いきや、何故か俺の方に駆け寄ってきた。しかもテレビマンが使うような高性能のカメラを抱えている。


「浅葱君」

「なんです?」

「はい、あと頼んだ」


 そう言って、残り少なくなったビンゴカードの束を差し出してくる。


「頼んだって、俺が配るんですか?」

「お願い。私は撮影があるから」


 入澤さんは一方的に告げると、カメラを持ってそそくさと会場の端の方へ去っていった。

 撮影ってなんだろ、パーティーの様子を録画しておくのかな?

 撮影するならプロに頼んだ方が良質な映像を残してくれる、と思うのだが、俺の知らない事情があるのだろう。

 入澤さんの行動に疑問を覚えるのはやめて、渡されたビンゴカードを配ることにしよう。


「ごめんなさいね、浅葱君」


 ステージの上から社長が申し訳ない声音で詫びてくる。

 いえいえ、と俺は所作だけで気にしていないことを伝え、カードの配布を待っている出席者のもとへ移動する。

 会場の全員にカードが行き渡ったのを確認するような間が空いてから、社長が息を吸ってからマイク越しに言う。


「それでは、今からクリスマス恒例ビンゴ大会を開催しまーす!」


 錦馬が硬い表情のまま、どこから取り出したのかハンドベルを振り鳴らした。

 商店街のくじ引きか。



「46番です」


 野上がビンゴマシーンから出たボールを掲げて見せながら告げた。

 ビンゴ! と会場にいる一人が手を挙げて叫ぶ。

 ビンゴ大会はここまで三〇個のボールの番号が読まれた。

 しかし、俺と西条の持っているカードはいまだにビンゴが出来ていない。


「トリプルリーチなのに、なぜこうもビンゴにならないんだ」


 俺の隣で穴がたくさん空いた二枚のカードを睨んで西条が不平を垂れる。

 俺の持つカードもトリプルリーチなのだが、空いて欲しい番号が中々読まれない。


「どうか、POフィフスを当てないでくれ」


 先ほどビンゴになった男性が、ステージの上で錦馬の差し出したくじ箱からくじを引いいている。西条はその様子を祈るような気持ちで眺めている。

 ステージ上の錦馬が不愛想に男性の引いたくじを開いた。


「はい、C賞ね」


 男性はがっかりして景品の中で最も安価なものが集まったC賞の箱から、薄い茶封筒をてきとうに抜き取った。

 ビンゴの景品はA賞、B賞、C賞とランク付けされており、A賞の中にPOフィフスらしい箱がある。


「次、いきます」 


 景品を獲得した男性がステージから降りると、野上が合図の声を出してからビンゴマシーンを回した。

 マシーンからボールが転がり落ちる。


「32番です」


 野上は番号を伝え、自身のカードに穴を一つ空けた。

 顔を綻ばせ、手を挙げる。


「ビンゴでーす」


 会場全体に聞こえる声で言って、くじを引く。

 錦馬がくじを開いた。


「はい、A賞ね」


 表情を変えず無感動な声で告げた。

 錦馬の奴、ビンゴ大会に全く興味ないな。それにちょっと機嫌も悪そうだ。


「お、おい。浅葱。野上がA賞だぞ」


 本命のA賞のくじを先に引かれて、西条が焦りと不安をない交ぜにして動揺する。。

 ステージ上で野上がA賞の景品群をじっと眺め、大きい箱を手に取った。

 西条が狙っていた箱だ。


「あああ、私のpOフィフスがぁ!」


 恐れていた事態に西条が人の目を気にしない嘆声を上げる。

 俺は人差し指を口に付けて、西条に静かにするようジェスチャーした。


「静かにしていられるわけないのだ。POフィフスが価値の分からない人間の手に渡ってしまったのだぞ!」


 嘆声を上げていたと思えば、俺の方に振り向いて文句を叫んだ。


「悔しいのはわかるが仕方ないだろ。それにPOフィフスの価値がわからないって言い方は失礼だよ」

「実際そうではないか。浅葱や私みたいにゲームプレイヤーならまだしも、野上はゲームとは無縁のビッチだぞ」

「野上はビッチじゃない」

「しかしPOフィフスの価値がわからないのは確かだ」

「わかったから一回落ち着こう西条。皆見てるぞ」


 西条の背後を顎で示す。

 俺の言葉を聞いて西条は周囲を見回す。ギョッと肩を突き上げた。


「会場の全員がPOフィフスを狙ってるのだな」

「違うよ。皆、大声出す西条を迷惑がってるんだよ」


 オブラートに包むことなく本音を言ってやった。

 迷惑がってる、というワードが効いたのか、西条は途端にシュンとなる。


「皆して私が迷惑なのだな」

「ビンゴ大会終わるまでは大声で出さないようにしてくれ。終わったら野上に直接頼み込みに行ってもいいから」


 獲得が全くダメとなれば、西条は底なしに落ち込むだろう。

 だが野上なら西条も知らない仲じゃないし、西条が欲しいと言えばもしかしたら譲ってくれるかもしれない。


「頼み込み、するのか?」


 慰め代わりの言葉に、西条が伺うようなニュアンスの声を出した。


「そうだな。違う言い方をすれば交渉か。しかし、やるとしてもビンゴ大会が終わった後だぞ」


 今から交渉しに行きかねないので釘を刺した。


「頼み込むのは慣れてるが、野上が私の頼みに応じてくれるのか?」


 やる前から不安そうに訊いてくる。

 頼み込むことに慣れてる、ってそれお前のよく使う駄々こねだろ。


「応じてくれると思うぞ。野上は人に優しいからな」


 野上が優しいのは俺にだけじゃないだろう。

 そんな優しい彼女の告白を断ったことに、今更ながらちくりと胸が痛む。

 だが、俺は胸の痛みなどおくびにも出さず言い切る。


「野上なら譲ってくれる。心配するな」

「やっぱりそうは思えんぞ。浅葱が同伴してくれ」


 俺の断言など効果なく、西条は懇願して顔の前で両手を合わせた。


「しかた……」


 仕方ないな、と結局答えそうになって寸前で喉に言葉を押し戻す。

 前みたいに野上と気の置けない会話が出来るだろうか。


「同伴だけはしてやる。だが俺は何も口を挟まない。頼むのは自分でやってくれ」

「……そうか」


 返答が意外だったのか、西条はキョトンと俺を見つめる。

 だが、意味するところをすぐに呑み込めたのか嬉しそうに破願した。


「充分だ、恩に着る」

 


 その後、俺と西条はビンゴは達成したがくじ引きはC賞の封筒で、中身は俺の方が商品券五千円分、西条の方が水族館のペアチケットだった。

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