8-2

 クリスマスパーティーに招待されたことを錦馬に話したところ、一年目は優先して参加しなさい、とのだったので、当日に予定を入れないようにしてパーティーの日の夜を迎えた。


 会場になるホテル近くの駐車場に車を停め、後部座席から錦馬が先に降りた。

 俺も車を降りて錦馬の横に並に立つ。


「ちょっと肌寒いわね」


 錦馬が少し肩を震わせた。

 ブルーの膝丈のカクテルドレスに黒いジャケットの出で立ち。確かにこの時期にその格好では冷えるだろう。


「車の中にあるコート貸してやろうか」


 冬の寒さを頭に入れて俺はコートを持ってきている。とはいえ肌着にインナーを着てきたからコートを着るほど寒さを感じなくて脱いだのだが、錦馬が寒いなら着せてあげようか。


「あんたのコート?」


 錦馬は頭を振る。


「いらないわよ。それに会場行けば暖房がついてるでしょ」


 それもそうだ。


「だから早く会場に行くわよ」


 そう言うと、身体の体温を逃がさないためか肩を縮めるようにして錦馬は歩き出した。

 後について俺も会場に向かった。



 ホテルの宴会場に着くと、想像よりも多くの人が思い思いに歓談を楽しんでいた。


「よく来たね。浅葱君、錦馬君」


 社長の声がしてそちらへ振り向くと、紺のドレスに白いボレロを羽織った社長が軽く手を挙げて歩み寄ってきた。

 挨拶と招待の礼を伝えると、苦笑して手を振る。


「いいよ。そういう畏まったのは。フォーマルな場所じゃないし」

「そういうものですか」

「もっと力抜いてくれ。むしろ今日は羽目を外して楽しんくれていい。あ、でも失礼はないようにしてちょうだい」

「はは、わかってますよ」


 社長が緩い雰囲気だからか、俺の方も態度が距離感の近しいものになってしまう。

 きちんと節度は持たないとな。


「それにしても、結構人が多いですね」

「ああ、事務所以外の人も何人か来てるからね。御贔屓のスポンサーとか、スタジオの所有者とか、雑誌のグラビア担当だとか」

「じゃあ挨拶だけでもしておいた方が良さそうですね」

「そうだね、仲良くしておくと仕事増えるかも知れないね」


 また後程、挨拶回りするか。


「それじゃ、楽しんでちょうだい」


 社長は俺と錦馬ににこやかに告げると、丸テーブルを囲んで話し合っている重役みたいな人達の輪の中に戻っていった。


「早い所、挨拶回り済ますわよ」


 宴会場内を見渡して錦馬が俺を促す。

 挨拶回りをすべきなのは新人の俺であって、錦馬は必要ないだろ。


「挨拶回りは俺が一人でやるから、錦馬は自由にしていいぞ」

「はあ?」


 反発するような声が錦馬から返ってきた。

 親切心を兼ねて言ったら、なんか心外そうな顔をされてるんだけど。


「あたしも一緒に挨拶回りしたらダメなの?」

「ダメってことはないけど。わざわざ付き合う必要はないだろ」「

「何言ってるのよ。あんたはマネージャーだけど、あたし本人がいないと証明にならないでしょ」

「なるほど」


 確かに、言われてみれば一理ある。

 俺が納得の表情をしたからか、錦馬は口元に小さく自信ありげな笑みを浮かべた。


「さ、やると決めたら早く済ませるわよ」

「そうだな。さっさと済ませるか」


 俺は錦馬と共に会場に散らばる関係者への挨拶回りを始めた。

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