7-10

 大成功に終わったフラッシュモブの後、レストランの皆で後輩芸人と彼女の婚約とフラッシュモブの成功を祝った。

 翌日に仕事のある人達がレストランを後にする中、俺は入澤さんと駅までの帰途を共にする。


「プロポーズが成功してよかったよ。あれだけ練習した甲斐があった」


 隣を歩く入澤さんがフラッシュモブを振り返っているのか感慨の声で言った。

 今日のために段取りやダンスを覚え、自分が主役ではないのに練習に精を出す。

 本当に成功してよかったと思う。


「一生忘れられないプロポーズになっただろうし、彼女としてはあんなプロポーズされて嬉しかっただろうね」

「やっぱり嬉しいものですか?」


 フラッシュモブは大袈裟すぎてウケる、という意見もネットで見かけたが、実際のところどう思うんだろう。 


「それはそうだよ」


 俺の質問に入澤さんは少し弾んだ声になる。


「好きな人からサプライズのプロポーズされたら嬉しいに決まってるよ」

「大袈裟すぎるって思う人もいるみたいですけど」

「それはその人が結婚したいなと思ったことがないだけだよ。好きな人からのサプライズなんて得てして嬉しいものだから」

「そういうもの、なんですかね」


 思ったよりも質問への食いつきがよく、俺は上手い切り返しが考え付かずに曖昧な相槌を返した。


「浅葱君だったら、例えばどんなプロポーズがしてみたい?」


 唐突な問いかけに何も準備をしていない。

「そうですね……」


 自分がプロポーズをするシチュエーションを想像してみる。

 ――――淡いライトの光を照らされた橋の上で、橋の手すりを背後に、相手は……怒ってる顔した錦馬、なんでだ!


「ダメですね」


 錦馬が登場した時点で想像を頭から追い払った。

 なんで想像の中で怒られなきゃならんのだ。


「ダメって、想像できないってこと?」

「はい」

「浅葱君は想像力がないなぁ」


 そうこき下ろして、からりと笑った。

 正確には想像はできていたんだ。想像の内容がげんなりするものだっただけで。


「想像力がないとは心外ですね」

「そう?」

「そうですよ。そこまで言うぐらいなら入澤さんの方はどうなんですか?」

「私? そうだね、ちょっと想像してみる」

 

 軽々しく言って、頭を巡らすように中空に視線を投げた。

 しばらくすると想像の中から戻ってきたのか視線を俺の方に戻して苦笑した。


「もとから負け戦なのにね」

「負け戦?」


 どういうことだ。入澤さんがさっきの間で戦でも観てきたのか。


「そうだよ負け戦。私には勝ち目がない」

「一体どんなプロポーズを想像したんですか?」


 負け戦、と呼ぶ理由が気になり尋ねると、入澤さんはニヤッと笑って唇に人差し指を当てた。


「それは言えないかな」

「まあ、俺に言ってもって感じですよね」


 恋愛に疎い俺には想像が及ばないプロポーズだったのかもしれない。それに誰を想像に登場させようと入澤さんの自由だ。

 そうこう話しているうちに、進先に駅の昇降口が目に入った。

 入澤さんは俺から駅舎の方に顔の向きを移す。


「あの駅も当分は使わないだろうね」

「フラッシュモブが終わったからですか?」


 用事が無くなれば当然その駅の利用も減る。

 フラッシュモブ参加者との集合場所から最も近いあの駅に、自車のある俺は入澤さんの言う通り当分は訪れることはないだろう。


「こうして浅葱君といろいろ話をしながら歩くのも、今日が終われば次はいつになるかわからないね」

「時間があればいつでも話ぐらい聞きますよ」


 どうせ事務所で会うことだってあるだろう。連絡先だって交換してるから家にいても通話できる。

 なのにどうして感傷的な物言いをするんだ。


「浅葱君」


 入澤さんは顔を駅舎から俺の方に向け、ニコリと笑った。


「また人手が欲しくなったら君に頼むよ。その時はよろしく」

「……今回引き受けたからって、なんでも引き受けるわけじゃないですよ」


 きちんと釘を刺しておかねば。頼みごとがエスカレートして錦馬の未公開写真を要求されかねん。


「それはわかってる」


 請け合うようにしっかりと頷いた。


「そういえば。浅葱君は巻頭グラビアを毎週チェックしてる?」


 前置きもなく話題を切り替え、入澤さんの声の調子が上がった。

 グラドル談議を始めるようだ。

 勉強だと思って、帰り道の間は付き合うか。

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