7-9
フラッシュモブ当日。
俺は入澤さんと仕事帰りカップルのフリをして、ステージ付きレストランの同じテーブルに就いている。そして俺と入澤さんの隣のテーブルに企画者の後輩芸人とその彼女がいる。
奥の小さなステージではすれっからしの二人がコントの最中だ。
コントの内容はドラマのような探偵物で、ボケで探偵役の今平さんとツッコミで助手役が吉田さんだ。
「事件を時系列を追って推理すると」
草色コートを羽織っている今平さんが、ステージの斜めに立つようにして手ぶりを交えながら講釈を垂れる。
「まず犯、えー、人は結婚式場で神、えー、父を何らかの方法でさ、えー、つがいして彼の着てい、えー、た服をはぎ取り自分の服とす、えー、りかえを行った。そして……」
「待て待て待て!」
「うむ、なんだ。推理に破綻でも?」
「破綻も何も、変なことろで区切るから推理が頭に入ってこない。途中でりかえとかいう知らない人でてきたし」
「そうか。君には私の推理が理解できないか」
「俺が悪いみたいに言わないでくれる?」
「仕方ない。先に答えを言っておこう」
「誰なんだよ?」
「地球のどこかにいる」
どや顔で吉田さんに振り向く。
「小学生の屁理屈みてぇだな」
呆れたように吉田さんがツッコんだ。
今平さんのどや顔も相まって、レストラン内で笑いが響いた。
「さらに、式場にはこんな音楽がかけられていた」
今平さんは言い、片手を挙げて指を鳴らす。
それがフラッシュモブ開始の合図だ。
突然、柔らかい音のミュージカル音楽が流れだす。
レストラン内の客を装った参加者たちが、何事かと困惑した顔で辺りを窺うフリをする。
もちろん男性芸人の彼女以外は全員フラッシュモブの参加者だ。
レストランの端にいた客役の男性一人がテーブルから離れて、唐突に激しく愉快気に踊り始めた。
「な、なんだろうね?」
入澤さんが戸惑いの声音で俺に訊いてくる。
これも演技である。
「さあ、なんだろう?」
入澤さんに対し、俺の方も首を傾げた。
俺と入澤さん役目はダミーで、俺がフラッシュモブの仕掛け人として入澤さんにプロポーズするように見せかけるためにいる。
客を装った数人がレストランの広い部分で踊り、厨房の方からもロズさん含めた数人が加わった。
後輩芸人は白々しくも彼女と驚きを共有している。
「これってフラッシュモブってやつ?」
入澤さんがもしかして、という顔でわざと尋ねてくる。
俺の方は努めて真剣な顔を作り椅子から立ち上がった。
ダンスの輪に近寄って最前列のセンターに位置取る。
大役を担う緊張で足の裏の感覚が浅薄になってきた。
仕掛け側ってバレてないよな?
念のために隣のテーブルに目を配る。
大丈夫そうだ。彼女は俺がダミーだってことに気が付いていない様子で、ほっと緩んだ表情でダンスを見ている。
念入りに練習したダンスで全身を動き回す。
順調だ。音楽とズレることなく踊れている。
音楽が間奏に入ると、入澤さんの正面で着地した。
入澤さんは感に堪えぬ顔で席から腰を上げる。
俺は片膝立ちになって入澤さんを見上げた。
ここまでは大丈夫だ。この先が最も緊張する。
演技だってわかってても気恥ずかしいな。
「俺でよければ……」
スーツの内ポケットに手を入れる。
ポケットの中には何も入っていない。
二秒ほどして手を抜き、何かを取り出したように見せかける。
俺は空の手を入澤さんに差し出した。
「踊ってくれませんか?」
「はい。喜んで」
入澤さんが俺をそっと掴んだ。
立ち上がり、入澤さんの手を引いてダンスの列に駆け出す。
ダンスに加わる間際に手を離す。
間奏が終わると俺と入澤さんも踊り出した。
踊りながら後輩芸人の彼女に目をやると、ポカンとした顔で俺を含むダンス集団を眺めている。
あとはもう段取り通りに後輩芸人がプロポーズを成功させることを願うだけだ。
後輩芸人はしばらく彼女と一緒にダンス集団をながめていたが、突然に席を立って俺たちのところへ走り寄ってくる。
彼の行動に彼女はきょとんとしたまま驚きを隠せない。だが段々と状況を理解できてきたのか、嬉し泣きしそうな顔になり口元を両手で覆った。
後輩芸人がひとしきり踊った後、ダンス集団が二つに分かれて道を作って後輩芸人を取り込み、すぐに道を閉じて彼女から彼の姿が見えなくなった。
彼女の視線が遮られた途端、後輩芸人は上着を脱いでタキシードに着替え、集団の一人から赤い花束を受け取る。
着替えが完了すると、ダンス集団また二手に分断する。
集団に合わせて俺も動き、人垣の間にできた彼女へと延びる真っすぐの道を後輩芸人が歩いていく姿を励ます気持ちで見送った。
後輩芸人は感激でむせび泣きでも始めそうな彼女の前で足を止める。
「これを」
花束を差し出すと彼女は「ありがと」と涙声で返す。
彼女の手に花束を受け渡り、後輩芸人が片膝立ちになった。
タキシードの内ポケットに手を入れると、婚約指輪の収められているのであろうクリーム色の箱を取り出して献上するように片手に載せた。
「僕と結婚してください」
「うっ……」
彼女はプロポーズの返事が嬉し涙で詰まる。
だが、涙の浮かんだ瞳で彼氏を見下ろして小さく口を開いた。
「はい」
次の瞬間、ダンス集団から拍手と大きな歓声が上がった。俺も心の底からの拍手と歓声を送った。
後輩芸人はダンス集団に振り向き、歓声に応えるように晴れやかな笑顔で両手を突き上げた。
フラッシュモブは大成功で幕を閉じた。
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