7-8
すれっからしの二人を中心による話し合いをして、フラッシュモブ参加者の間で役割と段取りが決まり、本番がいよいよ明日に迫っていた。
今は会場である特設ステージ付きのフレンチレストランを貸切って、進行の最終調整を行っている。
「ねえ、浅葱君」
同じ丸テーブルの入澤さんが薄いガラス越しに向かいに座る俺の事を、窺うように見てくる。
フラッシュモブにあたって入澤さんはいつもの明るいキャラを捨て、眼鏡にスーツのお堅いOLになりきっている。
ちなみに俺は入澤さんと同じ会社の後輩の恋人役である。恋人役とはいっても、ただ一緒のテーブルに座るだけの話だが。
入澤さんは眼鏡のフレームに触れてクイッと持ち上げた。
「どう、久しぶりの眼鏡なんだけど。似合ってる?」
「それ聞くの今日で何回目ですか」
しつこい問いかけに呆れた。
眼鏡が入澤のためにあったかのように似合ってるけども。
「何回目って、四回目かな」
「回数覚えてるんですか。なら聞かないでくださいよ」
聞かれるたびに似合ってるなんて、恥ずかしくて言えるわけないだろ。
「自分で掛けていて違和感があるからね。外からどう見えてるんだろう、と思ってね」
「明日は同じ質問しないでくださいよ。レストランの雰囲気に合いませんから」
「わかってるよ。浅葱君の方こそ突拍子もないことしないでね」
「突拍子もないことってなんですか?」
「そうだね、例えば突然に腹踊りするとか?」
「確かにそれは突拍子もないですね」
フレンチレストランで前触れもなく腹踊りする奴がいたら、あまりの不審さに即通報案件だろう。
「イチャイチャしてんじゃねーぞ」
不意にテーブルの傍らから冷やかす声が聞こえ、振り向くとコック姿のロズさんが腕を組んで俺と入澤さんを機嫌悪そうに見つめてきていた。
「本番前から本物のカップルにでもなる気か、お前たちは」
「別にイチャイチャしてませんよ。ただ喋ってるだけじゃないですか」
「うるせぇ。こっちは希望してないコック役に回されたんだよ。気持ちを考えろ」
「はあ、それは気の毒に」
ロズさんは役振りの際に面白そうだからという理由で小金持ちのカップル役を希望したが、紫紺のロングドレスを着た時の美貌に当てられて、皆が彼氏役を遠慮したのである。
実際に俺もロズさんのドレス姿を見たが、ハリウッド女優でも紛れたかの思ってしまうぐらいの艶麗な姿だった。
「希望の役のなれなかった八つ当たりを、私と浅葱君にしないでくれない?」
言いがかりをつけるロズさんに、軽蔑するように入澤さんが返した。
あぁ?、と絡むような声がロズさんから漏れる。
また喧嘩か。
「八つ当たりなんかしてねえよ。冗談でちょっと嫌味っぽいこと言っただけだ」
「嫌味なら嫌味でもいいけど、聞こえないところで勝手に言えばいいのに。わざわざ私たちのところまで来て、何マゾなの?」
「マゾじゃねえ。それに嫌味ってものは本人の前で言ってこそだろうが。聞こえない場所で言うのは陰口だ。元エリートの癖してそんなこともわからねぇのか?」
「語義で私を詰ろうとするのはいいけど、嫌味って他人に不快を与える言葉や態度、って意味で、他人という言葉を考えると私たち以外の人物も含まれるわけ。
だから、私たち以外の人が不快に思えばそれは嫌味になる」
「そんな詭弁を弄して……」
「一度辞典開いて出直してきたら。私の言った語義は間違ってないから」
ふん、と見下すように入澤さんは鼻を鳴らした。
ロズさんは歯ぎしりしていたが、急に仕方ないと言いたげに肩をすくめて踵を返す。
「あたしは寛大だから貧困層の文句を聞き入ってあげますよ。じゃあな」
「……誰が貧困層だって?」
優位を保っていたはずの入澤さんが、ロズさんの去り際の言葉に眉を顰めて聞き返した。
反応しなければいいのに。
踵を返しかけていたロズさんが上半身だけをこちらに捻って、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「賞金と年俸合わせて一億超えるあたしと、身体を張っての撮影と秘書係を合わせても一千万届かない入澤と、どっちが貧困層か一目瞭然だぜ」
今度は入澤さんが歯ぎしりしている。
仕方ない、喧嘩を止めるか。
キリがない口喧嘩に俺が仲裁に入るために口を開くと、険悪なムードを察したのかすれっかしの二人がステージの方から慌てて駆け寄ってきた。
「またか、入澤!」
「いい加減にしてください、先輩!」
吉田さんが入澤さんの、今平さんがロズさんの視界を遮るようにして、両腕を広げ立ちふさがった。
入澤さん、ロズさん。当日は言い争いしないでくれよ、皆に迷惑だから。
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