7-7
入澤さんとロズさんをテーブルの対角線に引き離すことで口喧嘩は収束し、以降は参加者の顔合わせだけをしてこの日はお開きとなった。
居酒屋を出て俺は入澤さんと帰途に就こうとすると、ロズさんが「あたしもミツ(俺のこと)と喋りたいことある」と言って駄々をこねていたが、すれっからしの二人の手によって今平さんの車に連れ込まれていた。
そんなことがあってフラッシュモブ参加者達の喧騒から離れると、俺と入澤さんと間にたちまち沈黙が降りた。
何も話さないままでいられず、俺の方から思い付きで話題を振る。
「それにしても入澤さん。ロズさんと相当仲悪いんですね」
「あー、そうだよ」
入澤さんは話題に反応して、笑い飛ばすように語を継ぐ。
「昔から態度が気に食わないの。ルールは平気で破るし、上の言うことは一切きかないし。私は校則すら違反したことないのに」
「生徒会なんでしたっけ?」
「そうそう。だから校則に対して厳しくしてた」
「ロズさんは不良生徒で入澤さんは模範的生徒っていう構図だったんですね」
「それに生徒会に入るには学業成績も基準の一つになってた。基準値より低いと立候補が取り消される」
「入澤さんの行ってた学校って結構名門だったんですね。まあ、全国模試の十位以内に入るぐらいだから基準値を余裕で超えてたでしょうけど」
「まあね。真面目に勉強ばっかりしてたからね」
そう言って陽気に笑う。
真面目に勉強バばっかしてた、か。
そういえばロズさんが入澤さんに向かって眼鏡の地味子って罵ってたな。
ふと思い出したところで、駅の昇降口が見えてくる。
「入澤さん?」
「なに?」
「ロズさんが居酒屋で入澤さんの事を地味子って呼んでましたけど、あれ否定しないんですか?」
「しないよ」
もっと軽い口調が返ってくるかと思いきや、意外にも揺らぎのない固い声が返ってきた。
「だってほんとの話だから」
「え、誇張じゃなくてですか?」
「うん。今の私から見ても当時の私は本当に地味子だよ」
過去の自分の姿を頭に浮かべたのか、ふふっと笑みを漏らす。
「制服は着崩さず、スカートは足首まであって、純正な黒髪をお下げにして、色気のない眼鏡をかけて、絵にかいたような面白みのない地味子ちゃんだったよ」
「……そこまでですか」
「ふふっ、意外でしょ」
楽しい昔話をしているように愉快そうに笑った。
想像もつかない。今のハチャメチャな入澤さんから地味要素が抽出できない。
「どうして、今みたいになったんですか?」
知らないうちに質問していた。
入澤さんは正面を向き、横顔が緩んだ。
「グラドルを知ってしまったから、かな」
「それだけで人間って変わるものなんですか?」
俺にはわからない。グラドルのマネージャーになっても、根っから自分が変わったような気はしていない。
変わるよ、と入澤さんは答えた。
「学業で良い成績を出していれば、いずれ良い大学に入って、果ては専門知識の必要な仕事についてお金を稼げるんだろうなって思ってた。
でも、学業がまっぴらなのに私よりも余程稼げている人達を知ってしまった。学業出来ない人を見下してきたから、その人たちを見てたら馬鹿馬鹿しくなったんだよ。
負けてたから同じ土俵で戦ってみることにした。グラドルを見て初めて抱いた劣等感をぬぐえると思って、私もグラドルをやりだした」
「……」
入澤さんがグラドルを始めたきっかけが劣等感だったとは。
「まあ、これは後付けの理由なんだけど。グラドルの写真を見てたら、気づかぬうちに眼鏡を取って髪を解いたりしてた。どうすれば写真の人達に勝てるのかと思って、グラビアについて勉強もした」
そこまで言うと、ふいに入澤さんの瞳が切なげに細められた。
「でもどれだけ勉強したって才能には勝てない」
「そんなことは……」
「錦馬さんみたいな才能と努力の塊には私は逆立ちしても勝てない。学業だったら才能が7なくても相応のところまでは登れるけど、グラビアは努力だけじゃどうにもならない世界だよ」
自身へ言い聞かせるように入澤さんは捲し立てた。
その声からは諦めも感じられる。
「なんか湿っぽいですね」
言葉が口をついて出ていた。
俺の声を聞いて、入澤さんはどういうこと? というように首を傾げる。
「そんな悲観することないのにな、って思いまして」
「私なんかが錦馬さんに勝ってるわけないから」
「そもそも違う人間なんですから向き不向きがあるのは仕方ないことですよ」
「でも、錦馬さんの方が断然人気あるよ」
「確かに人気では現時点では錦馬の方が上かもしれませんけど、入澤さんは錦馬よりも知力では優れてるじゃないですか。だからもっと胸張ってくださいよ」
「胸張っても勝てないよ。だって三つもサイズが違うんだよ」
「勝てないなんてことない……サイズ?」
サイズと聞いて思い当たる部位に目がいってしまう。
入澤さんのニヤリとした笑みと対面して、慌てて顔を逸らす。
「と、とにかく。自信もっていいと思いますよ、入澤さんにしかない魅力がありますから」
「私にしかない魅力ねー。なんだろうね」
「さあ、俺も知りませんけどね」
「自分で言っておいて、知りませんけどはナシだよ、もう」
わざとらしく口を尖らした後、頬を綻ばせた。
その時、駅に車両が入っていくのが見えた。
車両の到着を告げるアナウンスが鳴り響く。
「乗る車両来ちゃったから、急ごう浅葱君」
俺を促し、先に歩みを速める。
入澤さんに遅れないように俺も早足になった。
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