7-6

「よっ、元気してたか?」


 ロズさんは俺の右隣に腰を下ろすと、いきなり覗き込むようにして訊いてくる。


「まあ、一応」

「こんなところで会うとは思わなかったぜ。これも何かの縁だな」


 一人で嬉しそうにはしゃいだ声を出す。


「あの先輩?」


 向かいの吉田さんが恐々とした調子でロズさんに話しかけた。


「あ、なんだ。ヨシ」

「あんまり悪がらみしない方がいいと思うが」

「悪がらみしてるつもりはねえよ。それより、だ」


 吉田さんの諫言をいなし、ロズさんは強い好奇心の目で俺を見る。


「彼女とはどうなった?」

「彼女って?」


 ロズさんのいう彼女とは、おそらく西条のことだろう。

 本当のことを明かすと今平さん曰くマジギレするらしいから、なんとか誤魔化さないと。

 俺が返答を考えている間に、ロズさんの目の輝きが増す。


「ヤッたのか?」

「ゴフッ」


 食べたものが咽喉を逆流しそうになる。

 辛うじて吐き出すのは避けたが、胸のあたりがムカムカする。

 ロズさんの発言に座敷の皆の視線を集まった。


「ヤッたなら、どっちが攻めだったんだ? そして、一番最初にどこを攻めたんだ?」

「……ヤッてないです」

「どこでヤッた。お前の家か?」

「ヤッてないです」


 卑猥な質問をやめないロズさんに、俺は声量を上げて告げた。

 一瞬ポカンとした後、ロズさんは大きく舌打ちする。


「なんだよ。てっきりお盛んにヤッてるもんだと思ってたのに。興が冷めるぜ」

「興を冷ましてるのはアンタよ」


 押し殺した声が左隣の入澤さんから響いた。

 ロズさんの青筋の立つ音が聞こえ、ふいに立ち上がる。

 座敷の皆もピリついた雰囲気を察してか、途端に笑声が途絶えた。


「おい、入澤。興を冷ましてるのはアンタって今言ったか?」

「ええ、言わしてもらった。皆が楽しく喋っている場で、いきなりお下劣な話を振るのが興を冷ましてるってわからないの?」

「お下劣だぁ? 純粋培養のエリートちゃんには日常会話さえお下劣なんだな。さぞや異性を知らないで育ってきたんだろう。あ、でもそうだった。正確には元エリートだな。大学中退してるもんな?」


 人を舐めた口調で言って、思い出したようにせせら笑った。

 ロズさんの言葉を聞いて、入澤さんもすっくと立ち上がる。

 俺の挟んで口喧嘩するのは辞めてほしい。


「高卒のアンタに言われたくないわよ。それに私が大学を中退したのは就きたい仕事が見つかったのが理由だから」

「へん。その見つけた仕事で稼げてないクセに。元エリートちゃんは静かにお勉強してれば良かったんだよ」

「静かにしなくても私は勉強ぐらいアンタと違ってお茶の子さいさいだからね。むしろ余った時間を何に使うか迷うぐらい」

「アタシだって勉強が出来なかったわけじゃねーよ。アルバイト漬けでも成績は上位だったからな」

「学校の中で上位ぐらいで威張らないでくれる? 私は全国模試で十位以内に入ってたの」

「所詮お勉強だけの話じゃねーか。高校の頃は黒髪のお下げに眼鏡の地味子だったのに、大学辞めてからいきなり洒落っ気持ちやがって。遅れた発情期か」

「私の格好は校則通りにしてただけよ。アンタの場合は校則無視してゲーム機を持ち込んでなんども説教食らってたわよね。保護の目を離せないベイビーね」


 二人の言い合う悪罵が独特だ。というか、うるせぇ。間に挟まれて口喧嘩の渦中にされている俺の身にもなってくれ。


「入澤、落ち着け」

「バラ先輩、落ち着いてください」


 吉田さんと今平さんが二人の傍まで駆け寄り、吉田さんが入澤さんを、今平さんがロズさんをそれぞれ羽交い絞めにして引き離す。

 瞬く間に俺の左右が空き、座敷の皆が同情の視線をくれた。


「吉田、あっちが悪いよね?」

「ヒラ、あっちが悪いよな?」


 引き離されてもいがみ合う入澤さんとロズさんは、どちらも自身を羽交い絞めにする知人を仲間に付けようとする。


「少し黙れ!」「静かにしてください!」


 すれっからしの二人がほぼ同時に口喧嘩の当事者へ言い聞かせるように怒鳴った。


 参加者同士がこんな調子でフラッシュモブが成功できるのだろうか。

 段々、先行きが不安になってきた。

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