7-5
一週間後、俺は今平さんと再会したフャミレスに、道に迷いそうで心配な入澤さんを無理やり付き添わせて訪れた。
電話での今平さん曰く、本日の目的はフラッシュモブに参加する他のメンバーとの顔合わせで、車で場所まで送ってくれるという今平さんの厚意に甘えて同乗させてもらい、居酒屋に向かった。
先着しているメンバーが待っている座敷に、今平さんに付いていく形で俺と入澤さんとは敷居を上がった。
「遅くなりました皆さん。さあ、二人はそちらへ」
今平さんが座敷にいる人たちへ詫びながら、俺と入澤さんを隣り合って空いた席へ誘導する。
俺と入澤さんが腰を落ち着かせると、今平さんも所定の席へ座った。
「よっ、浅葱君に入澤」
向かいの席から聞き覚えのある声をかけられ振り向くと、前と似たジャケット姿の吉田さんが軽く手を挙げていた。
「浅葱君もご苦労だな。入澤が方向音痴ばっかりに付き添わないといけないだろ」
「先週ぶりですね、吉田さん。入澤さんは話し相手になるので一人よりかマシですよ」
「そうよ。私は別に浅葱君にわざわざ同道してもらってるわけじゃないから。浅葱君の話し相手としての役割があるから一方的に迷惑かけてない」
入澤さんがふんぞり返るようにして付け足した。
そんな入澤さんを見ている吉田さんは、目を点にしてぼそりと呟く。
「少しは迷惑かけてる自覚持てよ」
「なんだって?」
異常に素早く入澤さんに聞き返され、吉田さんはなんでもない、と横を向いてしまった。
「参加メンバーが全員揃ったことですから始めますか」
今平さんが音頭を取ると、先に来ていた人たちはそれぞれにグラスで飲み始めた。
「浅葱君は何か頼まねえのか?」
吉田さんが俺を気にかけてくれ、メニュー表を差し出してくる。
「吉田。私とりあえず枝豆」
入澤さんが俺の横から言った。
対して吉田さんは睨み返す。
「入澤。おめぇに訊いてねえんだよ」
「いいじゃん。どうせならまとめて頼もう」
「……ったく、それで浅葱君は?」
諦めたように舌打ちをして、俺の方に向いた。
何を頼むか決めてないから、どうしよう。
「浅葱君はチーズの盛り合わせでいいよ。ね?」
俺がメニューを告げる前に入澤さんが勝手に決めて、俺に同意を取ってくる。
まあ、チーズでいいですけど。
「結局、入澤の食べてぇものじゃねーか」
吉田さんは苛立ち交じりにそう言いながらも、作務衣姿の給仕を呼んで注文を継いでくれた。
口調は荒いけど、吉田さん良い人って評判だろうな。
「新しく来たお二人さん。どういう関係なの?」
吉田さんの左隣にいたすでに少し酔いが回っている男性が、粘っこい声で訊いてきた。彼の向かい席の男性が、そんなこと聞くなよ、と窘めている。
「浅葱君、無理して答えなくていいからな」
「いえ、答えても差し支えないですから」
俺は吉田さんに返して、訊いてきた男性に同じ事務所の先輩と後輩です、と答えた。
「なんだぁ。デキてねぇのか」
「ええ、ただの同僚ですよ」
詰まらなそうな声に愛想笑いで応じる。
「名前はなんていうの?」
入澤さんとの関係を聞いてきたとは違う若い男性が、気さくに尋ねてきた。
「浅葱光人です」
「なんて呼べばいい?」
「なんでもどうぞ。大体、苗字ばっかりで呼ばれてるんで」
「じゃあ、みっちゃんだ。たまにはいいでしょ、そういう呼び名も」
「そうですね」
軽いノリであだ名を付けてくれた男性に笑みを返す。
みっちゃんか。そんな呼ばれ方初めてで新鮮だ。
「ところでみっちゃん。フラッシュモブはしたことあるの?」
はたまた違う男性に訊かれ、俺はそっちに顔を転じて答えた。
ここにいる人たちと初対面である俺はしきりに質問され続け、トレイに立つ隙さえないほどだ。
時々ちらと入澤さんの方を窺うと、近くに顔見知りの女性芸人がいるらしくそちらの女性と近況報告に興じている。
グラドルオタクの顔をしていない入澤さんを見るのも、それほどない機会だと思う。
皆が愉快に喋る声で座敷が盛り上がってきたころ、スマホを見ている今平さんんが唐突に立ち上がった。
そして、座敷の皆へ伝える。
「僕はもう一人の参加者を迎えに行きますので、少し出ますね」
皆が承知した声を返すと、今平さんは詫びながら早足気味に座敷を抜け出ていった。
「ついに御登場か」
座敷を出ていく今平さんの後ろ姿を見ていた吉田さんが、覚悟を定めたような口ぶりでで零した。
「御登場って、誰かすごい人が来るんですか?」
俺が尋ねると、吉田さんは苦い顔つきになって言う。
「まあな。ある意味凄い人だな。ほんとある意味だけどな」
「ある意味すごい人? ある意味ってどういうことですか?」
ぼかした部分を深く問うが、吉田さんは問いには応じず唐揚げを頬張り始めた。
それほどに名前を口にするのも憚れる人物なのだろうか。
新メンバーが来るというのにも関わらず止まない質問を捌きながら、思いつくだけの凄い芸能人を頭の中に列挙していると、ふと座敷の外から二人の足音と話し声が聞こえてきた。
一人は今平さんのようだが、もう一人の方は誰だろう? 声を聞く限りでは女性っぽいけど。
その時、ついに襖が開いた。
「お待たせしました。参加者をお連れしました」
今平さんが告げる声に座敷の皆が振り向く。
俺も同じ方向に視線を遣ると、あまりの驚愕に持っていたグラスを落としそうになった。
「よお、初めましてだな」
スラリとした長身に藤色のワンピースに砂色のコートを纏い、緋色の長髪を背中に流した美人。
そして人を食うようなくだけた口調。間違いない。
「若くて美人のプロゲーマー、ロズだ。よろしく」
ロズさんは高々な自己評価を交えてはっきりと名乗った。
座敷の皆は警戒する素振りもなく軽々しく頭を下げてロズさんを応対する。
なんだか悪い予感がしてきた。
「お?」
不吉な物を見る目をロズさんに送っていると、はたと目が合ってしまった。
ロズさんは意地悪っぽくニンマリと笑みを浮かべた。
うわぁ。
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