7-3

 二人と店を出て手分けして辺りを捜索した結果、歩いて二分ほどの近い場所で入澤さんはべそかきの面で彷徨っていた。

 道に迷ってない散歩してただけ、と言い張ったが、俺は取り合うこともなくファミレスへ無理やり連れてきた。

 先に戻ってテーブル席を座っている今平さんと吉田さんの前に引っ立てる。


「入澤さんを捕獲しました」

「ご苦労。座って茶にでもしようか」


 今平さんは芝居じみた口調で言い、俺と入澤さんを向かいの席に促した。

 俺は入澤さんと並んで腰かける。


「おい、入澤」


 吉田さんが入澤さんに顔を向けながら、前のめるように頬杖を突く。


「年は取っても方向音痴は変わらねえな」

「誰が方向音痴だって。私は散歩してただけ」


 入澤さんはあからさまに腹を立てて吉田さんを睨み返す。


「入澤。嘘の供述はやめるんだ。正直に話せ」


 今平さんが容疑者と対話する取調官のように言った。


「嘘じゃないから。私はほんとうに散歩してただけ。浅葱君が証明してくるよ、ね?」


 頑なに否認し、俺の方に顔を振り向けて頼ってくる。

 あなたの発見報告したの俺なんですけどね。


「……さあ、神でもない限り知らないな」


 俺は首をすくめて入澤さんから視線を外し、メニュー表へ手を伸ばす。

 ひどい、と恨むような念を背中に浴びるが知ったこっちゃない。


「道に迷っていたと認めなさい。そうすれば、後の処遇も良くしてやるぞ」

「さっさと認めろ、マウンテンプライド女め」


 今平さんと吉田さんは口々に入澤さんの肯定を求めた。


「う、でも私は道に迷ってなんかないし」


 いびられようとも、入澤さんは主張を曲げない。

 まあ、さすがにもう詰問するのは充分の気もする。仕方ない、助け舟を出してやろう。

 俺は今平さんに顔を向ける。


「あ、そうだ今平さん。この集まりってフラッシュモブに参加メンバーですよね?」

「うん、そうだね」


 入澤さんから俺の方に視線を移して今平さんは頷く。


「このまま入澤さんが折れるのを待っててもキリがないですから、話し合い始めませんか?」

「そうだね、そうしよう。確かに入澤をからかっていても話は進まないからね」


 俺の話題変更を受け入れてくれた。

 からかってる感覚はあったんだ。


「まあ、そうだな。浅葱君の言葉に免じて今回は許してやろう入澤」 


 上からの物言いで吉田さんも問責をやめた。

 俺の言葉には何の効力もないと思いますけど。


「それで、フラッシュモブについてだが……」


 今平さんが音頭を取る形で、主に俺に向けて詳細な内容を話し始めた。



「と、いう予定で進行させるつもりなんだ」


 今平さんは話し終えた。

 聞くに、今平さんと吉田さんのお笑いステージが催される料理屋に後輩の芸人が   彼女を連れて入店し、すれからっしのコントの途中で後輩芸人をステージに誘い、プロポーズへ導くという。

 お笑いステージとプロポーズは一般的にあまり結びつかないが、後輩からきっての頼みだから断れないという。


「同業の知り合いを参加できるならしてほしいけど、参加者が芸人ばっかりになる恐れがあるし、なにより勉強熱心な後輩だからいろんなネタを見て、僕たちの知らないところで認知してる可能性もある得るから」

「そこで顔を知られていないであろう俺なんですか」

「君じゃないと駄目ってわけじゃないんだけど、入澤に若い男性が欲しいと言ったら、君を連れてきてくれた」


 隠しきれない期待を含んだ目で俺を見る。


「改めて聞くけど、参加してもらえるんだよね?」

「はい。都合が合えばですけど」

「それはよかった。今日はいない他のメンバーとも話し合って役割を割り振っておくよ。したい役割があれば言ってね」

「役割って何があるんですか?」


 俺が尋ねると、今平さんは自身の右手に目を移す。


「お店は貸切る予定だから今のところは、お客、ウエイター、辺りかな。どっちでも練習はするから心配しなくていいよ」

「そうですか。なら、人手の足りない方に割り振っておいてください」


 お客でもウエイターでも練習する時間があるなら、多分心配いらないだろう。

 話が途切れ、しばし沈黙が降りる。

 ところで、と今平さんが世間話のトーンで切り出す。


「浅葱君。話が逸れるけどあの時の彼女とはまだ付き合ってるのかな。見た感じ仲良さそうだったから気になってね」

「……はあ」


 このタイミングで西条との関係を訊かれるとは。

 カップルのふりをしていた、と打ち明けると、今平さんを騙していたことになるからな。

 今平さんの悪意のない顔と対しながら言葉に詰まる。


「恋人じゃないよ。浅葱君とあの子は」


 前触れもなく隣で入澤さんが言った。

 俺はギョッとして彼女の方を振り向く。

 ちょっと待ってください。何で勝手に答えるんですか。


「あ、そうなんだね。付き合ってなかったんだ」


 恐る恐る今平さんの顔色を窺う。

 怒った様子もなく些事に過ぎないという表情をしている。

 あ、よかった。


「まだ付き合ってるなら彼女にも参加してもらいたかったけど、違うならやめておこう」

「ごめんなさい、騙したみたいで」

「僕は気にしてないよ。けどバラ先輩だったら本気で怒ってたかもね」


 はは、と気軽く笑った。


「バラ先輩なら怒ってるね」

「間違いねぇ。バラ先輩はカップル大好きだからな。騙したとなりゃマジギレ確定だ」


 入澤さんと吉田さんも緩い雰囲気で笑い合う。

 誰かの口から洩れなければいいけど。


「安心していいよ、浅葱君。僕と吉田と入澤は絶対にバラ先輩に告げ口しないから」


 笑顔を残したまま今平さんが請け合った。

 同級生三人の絆を信じるしかない。

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