7-2
入澤さんに誘われたフラッシュモブの参加メンバーと顔を合わせる当日。
予定が入らなければ行くと伝えていたが、生憎ほんとうに予定が入らなかった。
生憎、なんて思っちゃいけないね。失敬失敬。
行くと口にした以上は約束を反故にするわけにはいかず、俺は集合場所であるファミレスに赴いた。知り合いの車で出掛けるかもしれないから車では来ないでね、という入澤さんからの達しだったので、今日は公共交通機関を使った。
ファミレスに入るなり店内を見まわして、先に着いているはずの入澤さんの姿を探す。
あれ、いない?
隅々まで見回したが、やはり姿がない。
来る店を間違えたか?
念のために一度店の外に出て、店名と外観に加えて周囲にある建物も確認する。
店を間違えたわけでもないな。
そうなると、俺が来たタイミングに偶然お手洗いへ行っていたのかも知れない。
再入店して、しばし女性用御手洗いの扉を眺めて待った。
しかし、入澤さんは現れない。
「誰かを探してるのですか?」
ふいに近傍のテーブル席から声が聞こえた。
声のした方へ振り向くと、深緑のスウェットを着た黒い短髪の小太りと黒のジャケットに身を包んだ細身で茶髪の男性二人が、テーブルを挟んで向かい合い気づかいの目で俺を見つめていた。
小太りの男性にはうっすらと見覚えがある。以前にどこかで会った気がする。
「お前はさっきからキョロキョロしてっけど、人でも待ってんのか?」
茶髪の方がくだけた口調で訊いてくる。
「はい。その人は先に来ているはずなんですけど、見当たらなくて」
「あー、なるほどね。どんな容姿をしてるんだ。見かけてるかも知れねぇ」
「そうですね。肩先ぐらいまでの髪をした女性です」
「特徴が少ねぇな。探せねぇよ」
記憶を探る様子もなく茶髪は協力を放棄した。
「身長は大きい小さい?」
小太りの方が話を引き継いで俺に質問してくる。
やっぱり、この人どこかで会った気がする。
「確か、160は超えてたと思います」
「多分じゃなくて確か、ね。その人は職業柄、自身の身長を公表してる人だね。憶測なら超えてたとは言わずに超えてるはず、と言っただろうから」
穏やかな声で鋭い指摘をする。
「あなたの言ってることは大方当たってますけど、それより俺の言う女性は見かけなかったんですか?」
推理を邪魔したいわけではないが、見たかどうかは肝心なことだ。
俺の問いかけに、小太りは口元を綻ばせた。
「一人だけ僕の頭の中に該当する人物がいるよ」
「その人、このファミレスで見かけました?」
「見かけるはずがないよ。だって入澤だろう」
「……え?」
どうして俺が待ち合わせている相手の名前まで知っている。
「どうしてって顔をしてますね」
「そりゃそうですよ。俺が会おうとしているの入澤さんですから」
「もしかして君か。入澤が連れてくるといった事務所の若い男性って?」
さっぱり状況が掴めない。
入澤さんの事を苗字で呼んでいるあたり、この小太りは入澤さんの知り合いなのだろう。
尽きない疑問を抱きながら小太りの顔を見据えていると、当の小太りも俺の顔をじっくりと見返してきた。
「どこかで会いましたよね?」
「俺もそう思ってました」
小太りは喉仏の辺に手を添える。
「ここまで記憶が出かかってるんですけど、あと少しが出てこないですね」
「俺の方こそすみません。一度お会いしてるのに名前を思い出せなくて」
互いに面識はありつつも、どこで会ったのかが蘇ってこない。
「なんかのコントか、これ」
蚊帳の外になっている茶髪が、役を弁えたかのようにツッコミを入れる。
「あ、思い出しました」
茶髪のツッコミが取っ掛かりになったのか、小太りがはっとした声を上げた。
俺を見つめる目に確信が宿る。
「君はゲーム展覧会のステージイベントの時に、小柄な彼女とステージに上がってくれた青年ですよね」
小柄な彼女とステージに上がった?
それが俺だと――ああ、思い出した。
西条に付き添う形でステージに登壇したな、そういえば。
ということは、この小太りはあの時ステージ上にいた――
「もしかして、すれっからしの今平さん?」
「そう。お久しぶりだね」
記憶の人物と目の前の小太りもとい今平さんの姿が重なる。
「おいおい、二人は知り合いだったのかよ。俺は完全に仲間外れじゃねーかよ」
今平さんの横で茶髪が冷やかすように言った。
「一度だけだがこの青年とは会ってるんだ」
今平さんが茶髪に話す。
「ほら、毎年八月に僕はゲーム展覧会のステージに出るだろう。その時に小柄の彼女とステージに上がってくれて、バラ先輩と対戦したんだよ」
バラ先輩?
あの時のステージに、そんな名前の人はいなかった。それに俺と西条が対戦した相手はロズ――え?
「今平さん」
「なにかな?」
茶髪への説明を止めて、今平さんはこちらを振り向く。
思わぬ連想に俺は訊かずにはいられない。
「バラ先輩って、プロゲーマーのロズさんのことですか?」
「あ、しまった」
質問されて初めて気づいた様子で、今平さんは慌てて口を押えた。
今ごろ押さえても遅いです。
「バラ先輩のこともいいけどよ。それより入澤の件はどうすんだよ」
茶髪が会話の修正軌道をしてくれる。
どうやらこの二人の間では、ロズさんの事はバラ先輩で通じるらしい。
「そうだった。君も入澤と待ち合わせているのですよね?」
今平さんが確認するように尋ねる。
はいと俺が頷くと、茶髪と二人で苦笑いし合った。
「入澤さんがどうかしたんですか?」
「実は俺と吉田も入澤と待ち合わせていてね。一時間ぐらい前から待っていたんだ。一向に現れないと思っていたら、入澤が紹介するはずの君の方が先に到着した。これはもう、入澤が迷子になってるとしか考えられない」
「迷子?」
「入澤は方向音痴だからね。昨日電話で話した限りでは、たどり着けるから大丈夫って言ってたけど、やっぱりダメだったみたい」
入澤さんが方向音痴、か。西条も同じ事を言っていたような。
「これから関わり合うことになると思うからよ。お前の名前訊いていいか?」
気の軽い友好的な笑みを浮かべて茶髪の吉田さんが訊いてきた。
今平さんも名前を聞きたそうに催促の目で俺を見る。
たしかに入澤さんの知り合いとなると、この先も関係が続きそうだ。
「浅葱です。浅瀬の浅に野菜のネギという感じを書きます」
「朝ネギじゃねえんだな」
茶髪がつぶやくと、今平さんが朝シャンみたいに言うな、と素早くツッコんだ。
しばしの間を置いて、ニッと笑って茶髪が親指で自身を向ける。
「俺は吉田。今平とはコンビ組んでんだ」
なるほど。だから先ほどセルフにも関わらず今平さんのツッコミ反応が速かったわけだ。
「自己紹介もしたことだから、入澤を探しに行こう」
今平さんがファミレスの出入り口に目を向け、当然のことのように言い出す。
雰囲気的に、俺も捜索メンバーに含まれてるよな。
傍目に見ても入澤さんの事詳しそうだけど、二人は入澤さんとどういう関係性なんだろう。
「あの、今平さん」
「なにかな?」
「入澤さんとはどういう関係なんですか?」
「高校時代の同級生。それだけですね」
今平さんは躊躇いもなく答え、ファミレスの出入り口に歩き出した。
そのすぐ後ろを吉田さんが着いていく。
入澤さんと同級生か。そして、入澤さんのグラビアの教え子である西条が、奇遇にも今平さんと会ったことがあるわけだ。
――世間って狭いな。
意外に広がりのない縁を感じながら、俺は二人の後を追った。
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