6-10

 想像もしない出来事が連なった休日の明くる月曜日。

 この日は撮影スタッフとの打ち合わせだけしか予定が入っておらず、錦馬を同伴した打ち合わせが今しがた終わってスタッフと別れたところだ。

 しかし昨日の野上からの告白されたことが頭から離れず、スタッフの話は耳を流れ去ってしまい内容は覚えていない。


「どうしたの。仕事に身が入ってなかったじゃない」


 隣でコップの中で溶けかける氷を眺めている錦馬が、溜息でも吐くような口調で言った。


「どうもしてないよ。普段通りだ」


 言いえない気まずさのせいで、野上の事を考えながら錦馬の顔を見られず、視線を合わせないまま言葉を返した。


「何が普段通りよ。どこからどう見ても憂いを抱えた表情してるじゃない」

「どんな表情だよ……」


 俺が憂いを抱えているとでも言うのか?

 イマイチ錦馬の表現がピンとこない。


「とりあえず、今日のアンタは沈んだ感じに見えるのよ。あたしが言いたいのは、仕事ぐらい真面目にやりなさいってことだけ」


 そう言うと、錦馬は会話を断つようにスマホに意識を戻す。

 不意に降りた沈黙が居たたまれない。


「……なあ、土日に何があったのか聞かなくていいのか?」

「うん? 何よ、聞いて欲しいの?」


 訳が分からないんだけど、とでも言うような口ぶりで訊き返してくる。


「いや、てっきり訊かれるもんだと思ってたからさ。逆に何も聞かれないと気まずいいんだよな」

「ふーん、よく分からない心理ね。でも、優香とアンタの間に何があったのかは何となく想像できる」


 ニヤリと全てお見通しの笑みで浮かべた。

 じゃあ、やっぱり錦馬は、野上の告白を俺が断ったことを勘付いてるんだな。もしかしたら野上の方から伝わっているかもしれない。

 自分の口から打ち明けてしまった方が楽なんじゃないか。

 錦馬はグラスを指先で掴み、意味もなくカラカラと氷をグラスの底で氷を転がした。


「アンタがなんで悩んでいるのかは知らないけど、互いに合意したなら問題ないじゃない。それに事務所は恋愛OKなんだし」


 ――うん? 待てよ? 錦馬はもしかして俺と野上の間に何があったのか知らないのか?


「錦馬、お前まさか……」


 野上から何も聞いてないのか、と続けようとした俺の言葉が、眼前に突き出された錦馬の掌で遮断された。


「言わなくてもわかってるから。アタシが優香の気持ちを知らなかったわけないじゃない。二人でホテルに泊まったとなれば、大体の想像がつくわよ」


 自分の敏さを自慢するように言った。

 打ち明けようとした決意が徐々に小さくなっていく。

 こいつ、俺と優香が閨を共にしたと思い込んでるな。


「確かにアタシが優香と仲が良いからアンタが言い渋る気持ちも理解できるけど。アタシは気にしないから安心して。それにアンタを好いてくれる子なんて稀なんだから大事にしなさいよ」


 たっぷりの親切を含んだ声で俺に告げた。

 違うんだよな。可能性としてはあり得たけど違うんだよな。

 しかも応援と推薦の言葉まで貰っては、告白を断ったなんて言えるわけがない。


「優香ほどの可愛い子は引く手数多だから、アンタも相応の彼氏になれるよう頑張りなさいよ。油断してると他の男に取られちゃうわよ」

「いろいろアドバイスしてくれてるところ悪いんだけど……」


 何よ、と錦馬が助言の口を止めた。

 このまま放置しておいたら錦馬は俺と優香が結ばれたと思ったままだし、かといってホントの事を話すと、アドバイスをくれるほど優香を薦めている錦馬は、なんで断ったのよと追及モードに切り替わるだろう。

 野上との関係を否定しつつ、錦馬の追及を逃れる答弁はないものだろうか。


「どうしたの黙っちゃって」


 もう、あれだな。野上とは友人として遊びに出掛けた、と言い張るしかないな。


「実は土日の間、野上と……」

「優香と、何があったの?」


 錦馬は期待を孕んだ目で俺の返答を待つ。

 ごめん、錦馬。お前の想像している答えじゃないぞ。


「面白い程に何も起なかった」

「……は?」


 俺の言葉に錦馬は固まる。

 言ってしまった以上引っ込みつかないから、二人で外遊した理由を付けくわえようじゃないか。


「それでも結構楽しかったぞ。お前がいないのを良いことに、野上は普段言えないお前への不満を俺に教えてくれたぞ」


 うん、全くの嘘ではない。錦馬がいないから野上は抵抗なく糖分取ってたし。


「不満って何よ。優香がアタシにどんな不満を持ってるのよ?」


 俺の言葉を聞いて、俄かに心痛めた顔になった。

 案外、錦馬をからかうの面白いなぁ。それに正式なマネージャーとして契約しているから、おいそれと俺をクビにも出来ないしな。


「まあ大概は、好きな物が食べられない不満だったな」

「それは、優香が太らないように……」

「お前の仕事に対する姿勢は素晴らしいと思うが、あんまり考えを人に押し付けるなよ」

「うぅ、わかってるわよ」


 錦馬は叱られたみたいな情けない表情で承知していることを示した。

 ちょっと言い過ぎたかな。

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