6-8

 誰かに揺すり起こされると目の前にいきなり厳ついボーイの顔があって、朝の寝起きから悲鳴を上げる羽目になった。

 朝の九時頃まで廊下の壁にもたれて寝込んでしまった俺も悪いんだけど。


 顔のわりに意外と親切な昨日とは別のボーイに体調を心配されながら、部屋をノックして野上がいないのを確認してから中でTシャツに着換え、受付に向かい野上の行方を尋ねると、同室ということもありプールに行かれました、と簡単に教えてくれた。


 でも昨夜のこともあって野上と会う気になれず、俺はプールに行くのをやめてホテル内をウロウロすることにした。

 お土産コーナーで暇を持て余していると、突然のスマホに着信が入り、発信者の名前を確認すると錦馬だった。

 野上じゃなくてほっとする自分がいることに、いささか嫌悪感を覚えつつもチャットを開いた。


『今、大丈夫?』

『大丈夫だ。何か用か?』


 日曜日の何用だろうか。スケジュールに仕事は入っていないはずだ。


『撮影スタジオの変更について。メール届いてる?』


 メール? 覚えはないがメールを開いてみる。あった、9月2日の撮影場所変更について。


『メールって9月2日の撮影のやつだよな?』

『うん、そう。ちゃんと届いてるならいいの。私の方にだけ来てたら、あんたに送らないといけなかったから』


 既読をついた後、途端に話題が絶える。

 連絡することはなかったかと思い出そうとしていると、ふと一つの考えが浮かんだ。

 そういえば、錦馬は急な予定で野上の誘いを受けられなかったな。

 何か土産だけでも買っていけば、少しは喜んでくれるかもしれない。


『なあ、土産は何がいい』


 脈絡もないがいきなりメッセージを送った。

 既読が付き、すぐに返信が来る。

『土産って何の話?』


 予想していた返信と違う。

 あれが欲しいとかなんでもいいとか、あるいはいらないと返ってくることも頭にあった。

 でも、何の話と来た。


『今スヤマウォーターランドにいるんだけど』


 もしかしたら、錦馬は行き先を知らされていなかったのかもしれない。

 ならば土産話がピンとこないのも頷けるのだが。


『どうしてそんなところにいるのよ?』

『野上に誘われたんだよ。それに錦馬は予定が入って来れないって野上から聞いたから、土産だけでも買っていこうと思ったんだけど』


 忘れてたわ、と返信が来るだろう。

 スケジュールでも確認しているのか、しばらくしてから返信。


『そんな話、聞いてない』


 は?


『聞いてないってどういうことだ』


 戸惑いのまま俺は返す。


『どういうことって私が知りたいわよ。聞いてないものは聞いてないから』

『野上は錦馬も誘ったけど予定が入って来れないって』

『まず誘われてない』


 ふざけてるとは思えない文言で錦馬は否定した。

 じゃあ、なんだ。錦馬の言うことがほんとなら、野上が嘘ついてたってことか。

 どうにも信じられない。


『冗談なら冗談だと言ってくれ。野上とグルになって俺を騙そうとでもしてるのか』

『すごい心外』


 怒ったような短文に続いて送られてくる。


『何の得もない嘘を吐くはずがない。そうでしょ』


 まさか、な。

 錦馬がいないのに楽しそうだったのは、錦馬がいないことが前提だったからか?

 頭の中で疑惑がぐるぐる回り、気付いてはいけない事実に触れてしまった恐さで、全身が硬直したように動かなかった。


『優香と何かあった?』


 錦馬から追加でメッセージが来る。

 昨夜、告白された。

 言葉にするのも憚れる。

 なんとか指を動かして俺は返信する。


『何もなかった』

『そう』


 信じたのかどうか定かでない極めて短い文が返ってくる。

 咄嗟に思い付いた口実を打ち込む。


『これから野上に頼まれた物取りにいかないといけないから、一回出るな』

『そう』


 返信が億劫になってしまったかのように錦馬は短文を寄越した。

 メールアプリから出ると、スマホが静かになる。


「……どうすればいいんだよ」


 まごうことない感情が口をついて漏れた。

 周りに人がいないから幸いだ。

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