6-4

 午後五時半を回るとプールは夜間運営の切り替えのため一度閉鎖され、一部の客は隣接する土地に建つホテルへ歩を移した。

 野上が持っている招待チケットを受け付けに見せると、ホテルボーイが俺と野上を案内してくれた。


「どうぞ、ごゆっくりとお過ごしください」


 紋切り型の辞を口にすると、ボーイはさっさとフロントのある方へ廊下を歩き去っていった。

 俺は野上に向き直る。


「なあ、ほんとに遠慮してないか?」


 俺がこう念を押して尋ねる理由はボーイに部屋へ案内される前まで遡る。


 野上が所有していた招待チケットは、どうやらペアでしか利用できない物らしく、俺と野上が別で部屋を取ることは出来ないようなのだ。

 これが付き合ってる男女なら抵抗感も少なく承知できたのだが、俺と野上の仲はそういう蜜なものではない。

 錦馬もこの場に居たなら野上と錦馬がペアで、俺は一人部屋を取っていただろう。

 だがしかし、ペアチケットが勿体ない、という野上の言に押されて部屋の前まで来てしまった。


「遠慮してませんよ。浅葱さんと相部屋でも問題ないです、ってさっき言ったじゃないですか」

「言ってたけどさ。いざ部屋を目の前にすると気が引けてきたんじゃないか?」

「全く気は引けません。むしろ面白そうです」


 何ら企みのなさそうな笑顔を浮かべた。

 面白そうって、もしかして俺異性として見られてないのか?


「それに浅葱さんはなっちゃんのマネージャーですし、いろいろ安心できます」

 やっぱり、異性として見られないよな。錦馬のマネージャーだからっていう風にも取れるし。

 それはそれでちょっと悲しいけど、信頼されてるってことでいいよな?


「それとも、私と一緒じゃ嫌ですか?」


 窺うような視線で俺を見てくる。


「俺の方は嫌ってことはないよ。けど、野上の方が俺と相部屋だとマズいんじゃ……」

「もう、何回言わせるんですか。私は相部屋で問題ないですっ」


 意地になった目をして言い切った。

 これ以上進展のない問答を続けると、心の広い野上も冠になりそうだ。


「わかった。相部屋にしよう」


 意見に折れる形で俺は受け入れた。

 野上の顔がパッと華やぐ。


「そうと決まれば、早速中に入りましょう」


 野上はカードキーでロックを解くと、ドアを開けて室内へ進んでいった。

 俺は野上の分を含めた二人分の荷物を抱えながら足を踏み入れた。


 うわぁ。


 トイレとユニットバスのスペースは当然備えられているが、そんなことよりもベッドがどうかしてる。

 ツインであることを祈ったが、二人で寝ても余裕あるぐらいのダブルだ。

 つまりは、一つのマットで野上と寝床を共にするわけだ。

 同き――いや、そこまではいかないか?


「浅葱さん」

「え、あ、なんだ?」


 慌てて野上の方に目を移すと、野上は考える顔で部屋の中を見回していた。


「荷物はどこに置きましょう。まとめて置ける場所がいいと思うんですけど」

「手近で広い所でいいだろ」


 ダブルベットに意識を奪われていて、部屋の全体を少しも把握できてない。


「それじゃ、荷物の置き場は浅葱さんに任せます。私ちょっと受付で訊きたいことがあるので」

「そうか。じゃあやっとくよ」


 俺が請け合うと、野上は俺の横を通って部屋の外に出ていった。

 受付に何を訊きに行くのかは知らないけど、おそらく物を紛失した場合とか、ディナーの時間とかだろう。

 もしかしたら、七時ぐらいから開放されるナイトプールの事についてかも知れない。

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