6章 プライベートで行くプールで、俺は何も起きないことを祈る。

6-1 プロローグ

 先日のゲーム大会から一週間が過ぎて、八月も終わりに差し掛かろうとしていた。

 とはいえ、俺の仕事内容は何ら変わりない。

 今日もまた、錦馬のグラビア撮影に同伴している。今回の撮影は銭湯シチュエーションらしい。


「おい、錦馬」


 脱衣所のベンチに足を組んで座るレスラーのような図体の撮影監督が、体重計横の扇風機の前に立つ錦馬に野太い声を飛ばした。


「なんですか?」


 ビキニ水着の上に大判タオル一枚を巻きつけた錦馬が問い返すと、レスラー監督は思案顔で言う。


「お前、良い身体してんだから、もっと身体の線がはっきり見えるようにタオルをひろげてくれねえか」

「今のじゃダメでしたか?」

「ダメじゃないが納得いかんのだ。こう、なんていうか、風に揺れるタオル越しに映る女性美というか、場面と被写体が織りなす艶やかな芸術というか、とにかくお前の身体の線がはっきり見えるようにしてくれ」


 何を言ってるんだ、このレスラー。


「あ、ええと、とりあえずもう一度やってみます」


 返事に困ったように錦馬が言った。

さ すがの錦馬もレスラー監督の独特な要求に戸惑っている。


「それじゃ、やってみろ」


 レスラー監督が扇風機に向かって顎をしゃくる。

 錦馬は指示に頷くと、身を翻して扇風機の電源を入れた。

 扇風機の扇が回り錦馬の髪をそよがせ始めると、錦馬が身体に巻き付けているタオルの両手で左右にバッと開いた。

 白いタオル越しの影となって、鮮やかな曲線美を描くプロポーションが晒される。


「キタッ、今だ撮れ!」


 レスラー監督がカメラマンに令を飛ばし、レンズを覗くカメラマンが慌ててカメラを回した。

 扇風機の風に当たる湯上りの錦馬、の構図が映像として納められていく。


「よしっ、おーけー!」


 レスラーが合格を出すと、錦馬はすぐに両腕を閉じてタオルを身体に巻き付けた。

 ぶるりと身体を震わせる。


「さむっ……」 


 声を聞いて、俺は椅子から立ち上がった。

 そりゃ水滴を帯びた状態で長く冷たい風を浴びてりゃ、夏でも寒いわな。

 手近のドライヤーを掴んで設定を温風にしてから、錦馬に近付く。


「温かい風、当てるぞ」


 一応声掛けしてから、錦馬に向けてドライヤーの風を送った。


「ありがと。もういいわ」


 三秒ほど温風を当てると錦馬が礼の一言をくれた。

 俺はドライヤーの風をOFFにして、元あった場所にドライヤーをかける。


「おかげでいいのが撮れたぞ!」


 レスラーが声高に叫び、錦馬にサムズアップしてみせる。


「それならよかったです」


 錦馬はレスラーを振り向いて芸能スマイルを返した。

 今回の撮影も問題なく終わりそうだ。

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