5-21

 準々決勝で敗れた俺と西条は、無念と共に出場者用の控室を後にし、観覧席にいる野上と錦馬と合流して大会を最後まで観戦した。


「今日はほんとに残念でしたね」


 帰りの車の中で助手席に座る野上が慰め口調で言った。


「配信卓でも浅葱さんがあんまり映らなかったですし、何より浅葱さんが敗退したのが悔しいです」

「そのあさぎとペア組んでた私の名はどこ行ったのだ?」


 後部座席の右側で西条がぶーたれる。


「西条さんのことは知りません。私は浅葱さんを応援するために来たんですから」

「はは。俺を応援してくれるのは嬉しいけど、西条も応援してあげような」

「わかりました。浅葱さんが言うなら、これからは西条さんも応援するようにします」


 俺が窘めると、野上はあっさりと承知した。

 野上の俺贔屓は異常だ。どうしてそこまで贔屓してくれるんだろう。


「敗退はしたけど、悪くない結果だったんじゃない?」


 錦馬が労いの声で言った。


「二人とも初めての大会なんでしょ。ベスト8なんて上出来よ」

「お前に褒められても嬉しくないぞ」


 西条が不機嫌そうに漏らした。

 バックミラーの中で、イラっとした様子の錦馬が西条に振り向く。


「何よ、応援してあげたのに。そういう言い方はないんじゃない?」

「私はお前の応援などいらなかった」

「こっちだって優香に連れられて仕方なく着いていっただけよ。わざわざ応援したわけじゃないからね」

「それなら応援など最初からするな。私とあさぎは応援などないほうが力を発揮できた」

「応援したところで声なんか届かないんだから、関係ないと思うけど?」


 俄かに、西条と錦馬の雰囲気が険悪になる。

 レジャープールでの撮影に行った際、似た光景を見たなぁ。

 どこで仲裁に入ろうかと窺っているうちに、野上が錦馬が後部座席の方へ振り返って西条へ苦笑いを向けた。


「西条さん、なっちゃんを連れてきたのは私です。文句を言うなら、私に言ってください」

「……うむ」


 西条は悩むように唸り、バックミラーを介して俺に視線を合わせる。


「あさぎ。私はどうれすればいいのだ?」

「俺が知るかよ」


 勝手な発言して錦馬を怒らせたのは西条だろ。どうして俺が失言の尻ぬぐいをしなきゃならないんだ。


「なっちゃんと西条さんはどうして仲悪いんですか」


 困ったような顔つきで西条が言葉を継ぐ。


「こいつが……」

「あっちが……」

「二人とも仲良くしてください。浅葱さんが困ってしまいます」


 言い聞かせる口調で諭した。

 仲を取り持ってくれるのはありがたいが、取り持つ理由が俺というのはイマイチ理解ができない。

 と、そうこうしているうちに車は西条の住まうマンションまで着いた。

 西条に降りるよう言うと、反応がない。


「西条さん。寝ちゃってますよ」


 野上が教えてくれて、後部座席の右側を振り向く。

 シートに持たれるようにして、西条はスヤスヤと眠っていた。


「西条、起きろ。着いたぞ」


 運転席から声を飛ばすが、西条の寝息は乱れない。


「ほら、起きなさい」


 隣の錦馬が身体を揺すると、微かに瞼を開いた。


「うん……なんだ?」

「マンション着いたぞ」

「眠い、疲れた」


 半開きの瞼のままでぼやく。


「俺だって疲れたよ。だからこそ降りてくれ」

「あさぎ。部屋まで運べ……」


 は? 部屋まで運べだ?

 俺が疑問を覚えているうちに、西条は重そうに瞼を閉ざしてしまう。

 くそ。こいつ、梃子でも動かない気だな。


「ちょっと。運転席空けるぞ」


 助手席の野上に一応伝えて、俺はシートベルトを外して車外に出た。

 車のフロントを回り、後部座席右側のドアを開ける。


「西条。暴れるなよ」


 って、こいつ寝てるのか。

 どうやって運ぶのか考えどころだが、シートに凭れかかった状態では方法も限られてくる。

 シートと西条の背中の間に手に添え、膝の辺りに腕を入れた。

 落としてしまわないよう、腰に力を入れて持ち上げる。


「どう、重い?」


 西条の隣の席に座る錦馬が、思わずといった感じで訊いてくる。


「それなりにはな」


 想像よりも重みはあるが、お姫様抱っこなんて一度もしたことないから比べる対象がない。

錦馬は顔に無理な笑み浮かべる。


「へ、へえ。そうなの」

「まあ、くれぐれも落とさないように気を付けるよ」


 錦馬よりも華奢な西条だ。あんまり強い力が加わると折れてしまいそうで恐い。

 しっかりと西条を抱えて、俺は車から離れてマンションの外階段を昇った。

 部屋の前で西条を下ろし、西条は眠そうな声で礼を言って部屋の中に入っていった。

 車へ戻って運転席に腰を落ち着けると、野上のひたむきに問うような目に出会った。


「浅葱さん。どうしてそんなに西条さんに優しくするんですか。何か弱みでも握られてるんですか?」

「弱みは別に握られてないよ」

「じゃあどうしてですか?」

「どうしてと言われもなぁ」


 野上には俺が西条に優しくしてるように見えているのだろうが、俺自身は優しくしてる意識はなかった。


「二人は男女として仲良くしてるわけじゃないですよね? それならどうして、そんな当たり前みたいに親しくしてるんですか?」


 俺が返す言葉を探していると、野上が問いを募った。


「教えてください」

「……どうしてだろうな」


 明快な返事は出来ない。俺だって考えたことなかった。


「付き合ってないのは確かだけど、一緒にゲームをするようになってから、いつの間にか仲良くなってたんだよ」

「いつの間にか、ですか」


 言葉を噛みしめるように野上が反芻する。


「友人って、そういうもんだろ?」


 俺と西条の関係性は、おそらく友人だ。あいつが俺の事をどう思っているのかは知らないが、友人ぐらいには認識してくれているだろう。

 そうじゃなかったら悲しい


「そうですか、友人ですか……」


 野上は自分へ言い聞かせる声で呟く。

 俺が肯定の頷きをしようとした瞬間、瞳に決然としたものが宿った気がした。


「なら、恋人とかはいないんですか?」

「いないけど、さっきの質問とどう関係するんだ?」


 急な問いかけに俺は戸惑って尋ね返した。

 野上は途端に窓際へ顔を背ける。


「ちょっと訊いてみたかっただけです。気にしないでください」


 気にしないでください、と言われても気になるだろ。

 しかし野上は本人は話す気はなさそうだし、無理に聞き出すのも悪いだろう。


「わかった、気にしない。それより時間遅くなるし、駅まで行っていいか」


 うわー、話題逸らそうとしてるのがバレバレな台詞だ。

 異性慣れしていない己を恨みたい。


「錦馬もいいか?」


 気まずい空気を少しでも和らげて欲しくて、バックミラー越しにあえて錦馬に水を向けた。


「いいわよ。帰りましょ」


 錦馬は俺と野上の間柄に干渉する気はないのか、淡白な返事が返ってきた。

 安易に言葉を口にしづらい雰囲気のまま、俺は車を発進させた。

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