5-20
興奮気味だった西条だが、いざ試合となると普段の冷静さを取り戻してくれたため、苦しいゲームが続いたが、なんとか準々決勝まで駒を進めることができた。
そして迎えた準々決勝。相手はロズさんと彼女の友人のペアで、俺と西条は苦戦を強いられていた。
前半を終えて、2-0のビハインド。
戦い慣れたフォーメーションと作戦、それに俺と西条の連携に齟齬をきたしていたわけでもない。歴然とした力量の差で劣っていた。
「あさぎ。どうすれば巻き返せると思う?」
三分間のハーフタイム中、気を落とした声で西条が訊いてくる。
「失点を増やさないようにすることは出来たけど、巻き返すのは厳しそうだな」
ここで元気づけるような励ましはしない。
感情論や根性論で勝てる相手ではないことは、西条も重々わかってるだろう。
「このままの戦術でいくしか最善策はないだろ、あさぎ」
「そうだな。小細工が通用する相手ではないしな」
たとえ選手一人二人を代えたり、トップの数を増やしたりしても、巻き返すにはほど遠い。
何か根幹から変化を与える策でなくては。
俺は思案を頭に巡らす。
「最後まで私達の戦いを貫こうではないか」
「……ちょっと待て」
根幹から変化を与える、か。
ヒントはないかとフォーメーションを確認してみる。今まで試合をしてきた中で、度のチームでもバックは四人だった。
何気ない閃きだが、試してみる価値はありそうだ。
「なあ、西条。一つだけ俺に考えがある」
「何か良い作戦でも思い付いたのか?」
「いや、良いかどうかはわからない」
ほんとに、良策ではないと思う。でも、相手に一矢報いるにはこれぐらいじゃなきゃ無理だと思う。
「なんだ、その考えっていうのは?」
「後ろを三人にして、中盤を五人にする。それだけだ」
「……へ?」
西条の呆然と口を開く。
「それでは守備が薄くなるではないか。失点が増えるぞ」
「抜けられた場合はそうだろうな。でも中盤でボールを奪えれば、それだけ攻撃にかかる時間やパスの数を減らすことができるだろ」
「……そんなことが出来るのか?」
慣れないフォーメーションに、西条は不安げな声をこぼす。
「知るか。俺も3バックは初めてだ。機能しないならしないで負けるだけだ」
「潔いな」
「どうせ攻めなきゃ勝てない状況だし、2点ビハインドで負けようが、5点ビハインドだろうが負けは負けだ。それなら相手を思う存分驚かしてやろうぜ」
この戦術を取ったら勝てるなんて甘い想像はしていない。ただ、相手の思うままに負けるのが嫌なだけなんだ俺は。
「……その戦術、乗ったぞ」
西条はふっと不敵な笑みを漏らした。
「あさぎをペアにしてよかった」
「俺もだ。西条がペアでよかったよ」
この戦術は、中盤での西条のプレイングに掛かってる。でも西条なら出来ると俺が確信している。
ハーフタイムが残り十秒になった。
「あさぎ、行くぞ」
「おう」
ボタンを押し込む。
ハーフタイムが終わり、後半戦がスタートした。
結果、俺が採った3バックの戦術は、前半では劣勢だった試合状況を一変させた。
今まで抜かれていた中盤の正面は厚さが増して抜かれなくなり、サイドを上がっていく選手に対しては二枚の守備を貼り付けることが出来るようになった。
ロズさんとの一対一だとしても西条なら引けを取らないプレイングをしてくれるし、さらにそこへ一枚加わればボールを奪える機会も増えた。
相手ペアが3バックに不慣れだったことも相まって、後半途中までで五回のシュートチャンスがあり、そのうち西条の動かす選手がフリーキックで一本決めてくれた。
後半残り二十分を切ったところで、相手チームは選手を二人入れ替えて守りを固めてきた。
それ以降は逃げ切りタイムアップを狙う相手の守備に阻まれ、シュートチャンスは中々到来しなかった。
相手陣地に攻め込み相手選手が辛うじてクリアしたので、俺と西条はコーナーキックの機会を得た。
そして後半残り時間もあと僅か。俺はコーナーキックでボールを出す位置を検討していた。
「あさぎ」
平般通りなら阿吽の呼吸で密集している相手ゴール前で選手を動かしている西条が、緊張した声で話しかけてきた。
「なんだ。早くゴール前でポジショニングしてくれ」
「……私に蹴らせてくれ」
「はあ?」
西条が何を言ってるのか理解に困った。
「おそらく最後のチャンスだ。私が蹴りたい」
「何言ってんだよ。こんな時に欲を出すな」
西条の悪い所が出た。
ゴールを決めたいという西条の要望に応えて、俺は今までコーナーキックを蹴る側をやっていたのに、重要な局面になって我が儘を言うな。
少し腹が立って俺が言い返したが、西条の瞳に思わぬ真剣さが宿った。
「私が完璧なクロスを上げてやる。そしてあさぎが決めろ」
「そんなに都合よく決まるわけないだろ。いつもと同じように俺がコーナー蹴った方が……」
「いつもは多少クロスがズレても私が合していたから上手くいってただけだぞ。でも今度ばっかりは誤魔化しのプレイは通用しないだろ」
「……わかったよ」
悔しいが、西条の言ってることは正しい。
何より、単純なプレイングだけなら俺よりも格段に西条が優る。
「だがな西条。お前の上げたボールがズレていたら、俺はスルーするかも知れないぞ」
「その時は私達の負けだ。どうせクロスがズレた時点で得点は厳しいだろ」
ニッと不敵に笑った。
俺はキッカーの操作を西条に代えた。
「頼んだぞ、西条」
「任せろ、あさぎ」
実際のサッカーをしていたならハイタッチでもしていただろう。
西条が蹴る位置の微調整を始める。
ゴール前に集まった敵味方の選手の中、俺の動かす選手も紛れてポジショニングを争う。
キッカーの微調整が終わり、画面が切り替わったところで、俺は集団の中から選手をボール側へ脱け出させた。
不意の動きに相手の操作する選手一人が慌ててマークしようとしてくるが、僅かの時間フリーになる。
コーナーから蹴られたボールが選手の膝ぐらいの低弾道で急接近する。
――完璧だ。
俺は内心で西条を称賛した。
クロスボールにタイミングを合して、俺の選手がボレーシュートを放った。
シュートは集団の傍を通過し、キーパーとゴールポストの針の穴を通すような間隙を打ち抜こうとゴールへと迫る。
手ごたえは十分、これが決まれば同店で延長へ持っていける。
キーパーの手を抜け――。
ガコン。
悲運の音が聞こえた。
ゴールネットを揺らすかと思われたシュートは、上辺のゴールポストに弾かれた。
――嘘だろ。
逸れて勢いを失くしたボールが、ゴールネットの後ろへ飛んでいく。
――外した。
シュートを放った選手が、芝の上にガクリと膝を落とす。
かつて、ここまでゲーム内の選手に共感したことがあっただろうか?
「ごめん」
ちらりと西条が俺の方を見た気がした。
画面内では相手側のゴールキックが始まり、キーパーがパスを出した時、ゲームセットのホイッスルが鳴り響いた。
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