5-19

 会場に着いて観覧席に向かう野上と錦馬と別れ、俺は西条と二人でエントリーを記名して出場者用の控室に通してもらった。

 空気の張り詰めた控室の隅で西条と並んでパイプ椅子にじっとしていると、唐突に西条が俺の袖を引っ張った。


「あさぎ」

「なんだ?」

「ロズさんが来てる」


 西条は控室中央のテーブルで複数の人に囲まれている女性を指さした。

 見覚えのある緋色髪がくつくつと笑って、囲んでいる人と楽し気に会話している。


「あの人も出場者なのか?」

「ロズさんが『ウォーホーイレブン』をやってるなんて聞いたことないぞ」

「じゃあ、どうしてここに?」

「私が知るわけないだろう。ロズさんの何もかもを把握してるわけじゃないからな」


 西条でも経緯を推測できない、となるとこの控室にロズさんがいることは、他の出場者にも意外なことなのかもしれない。

 と、西条とロズさんを眺めて話していると、ロズさんが首だけをこちらに振り向けた。

 俺と目が合った瞬間、ロズさんはニヤリと口元を笑ませた。

 その笑みのまま、囲う人達との話を切り上げて俺と西条のところまで近づいてくる。

 ロズさんが接近してきた途端に、西条が俺の袖を掴み、その手が力む。


「よっ、ゲーマーカップル。こんなところで会うとは奇遇だな」


 冷やかすような口調で言いながら、ロズさんの目は西条に掴まれた俺の服に袖に向いている。


「相変わらず仲良しだな、羨ましい」


 そういえば。ロズさんと初めて対面した時、俺と西条はカップルの設定だったんだよな。

 思い出して急に恥ずかしくなり、袖を掴む西条の手を退けようと手首を持つ。

 俺のやろうとしていることを察したのか、西条は自ら手を離した。


「あんまりイチャつかない方がいいぞ。ここには男性ペアが多いぜ」


 ロズさんが口にすると、控室にいる男性ペアの全員から怨嗟の視線を浴びているような気分になって急に肩身は狭く感じた。


「それにしても。あの時のカップルと再会できるとはツイてる」

「その節はありがとうございました」


 俺は頭を下げた。


「こっちこそ。イベントに出るようになって以来、初めてのカップルだった。イベントを盛り上げてくれて感謝してるぜ」


 と、口の端を吊り上げて笑った。


「ここにいるってことはロズさんは出場者なんですか?」

「そういうこと。だが『ウォーホーイレブン』の大会は初めてだ。それに今回はプロゲーマーとしてではなくプライベートで出場してる」

「予選の時、バレなかったんですか?」


 俺が問うと、ロズさんは悪戯好きの顔つきになる。


「全く違うアカウントでやってたからな。今日会場に来て初めて素性が明かされたんだ。驚いただろ?」

「ええ、まあ」


 苦笑を返すと、会話が僅かの間途切れた。

 機を待っていたかのように、隣で西条が立ち上がった。

 不意に立ち上がった西条に、ロズさんは身構える様子を見せる。


「ロ、ロズさん」


 恐縮した物腰でロズさんに両手を差し出す。


「握手してください」

「なんだ、そんなことか。いいぜ」


 ニンマリと口に笑みを浮かべて、西条の手を両手で握り返した。

 西条の顔に歓喜が漲る。


「おー、おー、ロズさんが私と握手してくれている!」

「この前の時、握手できなかったことが心残りだったみたいで。なんかすみません」


 俺は突然の要求に応じてくれたロズさんに詫びた。

 気にするな、という表情でロズさんは首を横に振る。


「いつも応援してます。この大会もぜひ優勝してください」


 興奮からか珍しい丁寧語で話す西条。


「応援してくれるのは嬉しいが、トーナメントのどっかで当たることがあっても絶対に手手は抜くな」


 ロズさんが西条の興奮を冷ます言葉を掛ける。


「その時は全力で勝ちにいきます」

「それでこそ、こっちも倒し甲斐があるってもんだ」


 好戦的に口元を歪ませ、ロズさんの方から握手の手を離す。


「一回戦にむけて相方とミーティングがあるから、また後でな」


 そう言うと、ロズさんは控室から出ていった。

 彼女の姿が控室からなくなると、西条が幸福に満ちた顔を俺へ向けてくる。


「あさぎ。ロズさんと握手してもらえたぞ」

「イベントの時、そうとう残念がってたから、嬉しさも一入じゃないのか」


 西条は子供のように満面で喜びの笑顔を浮かべた。


「うむ。すっごく嬉しいぞ」


 願いが叶ってよかったな、西条。

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