5-18

 西条の住まうマンションの駐車場に車を乗り入れると、マンションの一室が勢いよく開いて、中から出てきたライトブルーパーカーが外階段をけたたましく駆け下りてきた。

 パーカーは駆けおりた勢いのまま、こちらへ走り寄ってくる。

 運転席のドアの前まで来たと思ったら、コツコツとドアガラスを叩かれた。

 開けろ、という意思表示なのだろう。俺はハンドル下の開閉スイッチを押してドアガラスを降ろした。


「絶対に閉めるでないぞ!」


 俺がドア開けてあげるなり、西条は降りたドアガラスを手で押さえるようにして叫んだ。

 顔を合わした第一声がそれか。


「閉めないから手で押さえるのはやめろ」

「いいだろう」


 尊大な口調で応じてドアガラスから手を離してくれる。

 以前したドアガラスでの攻防がよっぽど頭に残ってたんだな。


「あさぎ。唐突だが頼みがある」

「なんだ?」

「助手席に乗せてくれ」


 簡単な頼み事なら引き受けてやるつもりだったが、思わぬ頼みに返事が喉に詰まった。


「あさぎ、どうしたのだ?」


 何の言葉も返さない俺を不可解そうに見つめ始めた。

 俺は隣の野上をちらりと見遣ってから、西条へ顔を戻して助手席へ人差し指を向ける。


「すまん西条。助手席は野上が乗ってるんだ。後ろの席にしてくれ」


 俺の返答を聞いた西条は、俺とハンドルの隙間から助手席を覗く。


「おはよう。西条さん」


 野上は西条に向けて片手を挙げて、にこやかに挨拶する。

 途端に西条の顔が苦み走った。


「よりによってお前か」

「ごめんね。助手席は私が先に……」

「そこから降りろ」


 野上が詫びを言い切る前に、西条が横柄に命を下すように言った。

 思わぬ態度に出た西条を見て、野上の目が大きく見開く。


「そこに座らせてもらう。どけ」

「私はここから降りません。この席は早い者勝ちですから」


 西条と野上が互いに頑なな意思を衝突させた。

 おいおい。助手席に座っても何も得はないぞ。

 どうして二人が助手席に座りたがるのか、運転席しか選択肢のない俺には見当もつかない。


「応援するだけのお前より、ペアの私の方が助手席に座るべきだ」

「ペアなのはゲーム中だけで、車の中までは適用されません」

「私はあさぎと大会について話し合うことがある」

「話なら後部座席でも出来ます」


 互いに節を曲げずに理由を付けては反論し合っている。

 俺からすると運転が第一なのでどちらが隣でもいいのだが、二人には譲れない物があるのだろう。譲れない物が何かは知らないが。

 西条と野上は一通り主張を出し終えたのか、目に見えない火花の音が聞こえそうに静かに睨み合い始めた。

 どっちがが譲るのを待つしかないかな、と思って背もたれに身を預けようとした時、突如脳天に細長い何かが打ち下ろされた。


「あんたがどっちか決めなさいよ」


 脳天の軽い痛みのする部分を擦りながら、頭上から聞こえた声へ顔を上向ける。

 背もたれの上の縁から、打ち終えた手刀を宙に留めている錦馬が咎めるような表情を覗かせていた。


「痛いな。何すんだよ」

「痛くて結構。優柔不断で朴念仁なあんたへの罰だわ」

「俺が優柔不断で朴念仁だって?」


 酷い事を言うもんだ。錦馬は俺のどこを見て、優柔不断で朴念仁だと認識したんだ。


「あんたが優柔不断で朴念仁なのは今は置いとくとして」

「置いておくぐらいなら言うなよ」

「あんたは助手席にどっちが乗っててほしいの?」


 ごく真面目な目で問われる。

 どっちでもいいと言うのは、二人に対し失礼だったかもしれない。


「……そうだな」


 早い者勝ちだという野上の主張は間違ってないし、大会について話し合いたいのは西条だけでなく俺もだ。

 そう考えると一方には悪いが……。

 俺は背もたれから背を離した。


「野上」

「はい」


 俺が顔を向けると、野上は期待するような目で見つめ返してくる。

 期待を裏切るようで申し訳ないけど……。


「すまないが、後ろの席に移動してくれ」

「えっ……」


 野上が呆然と口を開いた。

 申し訳なさでいっぱいになりながら、俺は言葉を返す。


「俺には野上がなんで助手席に拘るのかわからないけど、行きだけは西条に助手席を譲ってくれ。俺としても大会前に西条と話したいことがあるから」

「ええと、私に助手席から降りてくれってことですか?」


 恐る恐る確認する声で野上が訊いてくる。


「ごめん」


 もう一度俺は謝り、顔を正面に戻した。

 野上は俺の横顔を眺めていたがしばらくして、わかりましたと言葉が返ってきた。


「大会直前ですからペア間での話し合いは必要ですよね。二人が良い結果になるように私は遠慮します」

「……帰りは助手席でいいか?」

「はい」


 短く受け答えて、野上は助手席を降りて車外に出た。その後すぐに右後部座席の傍のドアが開けて乗り込む。


「あさぎ。助手席は私が座っていいのだな?」

「ああ」


 俺が頷くと西条は軽い足取りでフロント側を回り、ドアを開けて助手席に腰を降ろした。


「部外者が二人も混じってしまったが、あまり時間がない会場に急ぐぞあさぎ」

「急ぐぞと言われても、運転するのは俺だけどな」


 軽口を交わしながら、サイドブレーキを外し発進させた。

 野上にはすまないが、今は大会の方を優先させてもらおう。

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