5-17
金曜まではマネージャーの仕事をこなし、土曜は西条と電話で話し合って戦術を詰め、そしてついに決勝トーナメント当日を迎えた。
待ち合わせ場所である駅前道路に車を停めた俺は、車を出て応援に来ると言っていた野上の姿を探した。
「浅葱さーん」
呼ぶ声に振り向くと、駅の昇降口の方から水色のカットソーワンピースを着た野上が、笑顔で片手を振りながら早足で近づいてくる。
「おはようございます。浅葱さん」
「おはよう」
挨拶を返すと、野上ははにかみの笑みを浮かべて腰の後ろに手を遣って上半身を少し横へ傾ける。
「どうですか、この服。浅葱さんのためにお洒落してきたんですけど」
俺のためというのは方便なのだろうが、
「可愛いな。すげー似合ってる」
「へへ、ありがとうございます」
野上は照れたように笑った。
野上の容姿なら大概の服は似合うと思うが、男性の目線からの感想が欲しかったのだろう。
会話が一段落したところで、俺は運転席のドアノブに手を掛ける。
「西条を待たせても悪いから、とっとと行くか。どこでも自由な席乗ってくれ」
「ちょっと待ってください」
ドアを開けようとした俺を、野上は声で制止する。
何か忘れ物でもしたのか?
「まだ一人来てませんから、ここで待ってましょう」
「まだ一人来てない? どういうことだ?」
大会に出場する西条と俺はもちろん、応援として同行する野上もすでに目の前にいる。
まさか。金欠しているあの西条がこの駅前まで出向いて来てくれたのか?
野上が昇降口を振り向いた。
「あ、来ましたよ」
弾む野上の声を聞いて、俺も昇降口に目を向けた。
――ふむ、なるほど。
西条がこの駅前に来るはずがなかった。
「なっちゃん。こっちです」
野上が手を振った先で七分袖Tシャツに膝丈のスカートの錦馬が、野上を見つけたからか頬を綻ばせてこちらへ歩み寄ってきていた。
しかし。途中で野上の後ろにいる俺に気付いたのか、足を止めてあからさまに眉根を顰める。
仕事で飽きるほど会ってるんだから、そんな嫌そうな顔しなくてもいいだろ。
「私、なっちゃんを連れてきます」
駅前広場の真ん中辺りで立ち止まる錦馬を見かねたのか、野上が錦馬の元へ駆けていく。
駆け寄った野上に錦馬は文句らしきものを言っているみたいだが、宥める野上に説得されたのか、渋々という顔つきで野上と一緒に俺のところまで歩いて来る。
錦馬は俺の前に立つと、不満たっぷりの表情をして口を開いた。
「なんであんたがいるの?」
「それはこっちの台詞だ」
錦馬まで応援に来るなんて俺も西条も聞いてない。
そして、この状況を作り出した者は――。
俺は野上の方を向いた。
「なあ、野上。どうして錦馬が着いてきてるんだ?」
「ねえ、優香。なんで浅葱が待ち合わせ場所にいるの?」
ほぼ錦馬と重なるタイミングで野上を追及する。
「二人揃って私を責めないでください」
眉を下げて、許しを乞うような瞳で俺と錦馬を見てくる。
「責めてはない」「責めてなんかないわよ」
これまた錦馬と同じぐらいのタイミングで否定した。
野上に向いていた錦馬の目がじろりと俺を睨んでくる。
「なんで被せるのよ」
「わざと被せてるわけじゃない」
「それならわざと被さらないようにして」
そう言うと錦馬は野上へ顔を戻した。
俺が悪いわけじゃないのに。
錦馬の不遜な態度に少し腹が立つ。
「優香。浅葱がいる理由を教えて」
錦馬は野上に説明を求めた。
はい、と野上は頷く。
「なっちゃんには言ってなかったけど、実は今日浅葱さんはゲームの大会に出るんです」
「その事とあたしを誘った事になんの繋がりがあるのよ?」
「私は浅葱さんと応援にしに行くと約束しました。でも私一人だと応援が寂しいので、なっちゃんを誘ったんです」
理路整然とした回答だと言わんばかりに野上は満面笑顔になる。
「浅葱を応援しに行くなんて聞いてないし、知ってたら来なかったわよ」
不満を載せた口調で錦馬が言う。
「浅葱さんが絡んでると来てくれないと思ったから、私は買い物を理由に誘ったんです」
「全く。まんまと騙されたわ」
「ごめん、騙すようなことになっちゃって」
野上は申し訳ない目をして、錦馬の前で手を合わせる。
はあ、と錦馬が諦めたような溜息を吐いた。
「悪気がなかったなら、許してあげる」
「ありがと、なっちゃん」
野上の顔に笑顔が戻る。
だが、錦馬の顔に厳しいものに一変する。
「今回は許すけど、次こういうことしたら買い物に付き合ってあげないから」
「うん。ほんとにごめんね」
悪い事をした自覚のある沈んだ声で野上は謝った。
錦馬は野上には甘いが、なんだかんだ釘を刺すことは忘れないようだ。
「でも、どうしようかしら」
錦馬が悩む顔をする。
「優香と二人でショッピングするつもりでここに来たんだけど、浅葱がいるんじゃそうもいかないわね」
「私は浅葱さんの応援に行きます。なっちゃんはどうします?」
野上が問うと、錦馬はしばし考える間を置く。
錦馬が俺なんかの応援をしたいとは思えないから、帰宅するなり一人で買い物したりするのだろうな。
錦馬が口を開いた。
「あたしも着いてく」
「……え。本気か?」
予想外の選択に俺は思わず錦馬の気を疑った。
「野上に誘われたからって、無理に着いてくる必要はないんだぞ?」
「わかってるわよ。それにあんたを応援するために着いてくわけじゃないから」
「じゃあ、どうしてだ?」
「ここまで来て引き返すと電車賃が無駄になるし、一人でショッピングしようにも行く当てもなくてつまらないからよ」
錦馬が口にした同道する理由に、俺は疑問を挟む余地もなかった。
こじつけという感じでもないし、気持ちを偽っている風でもない、運賃が無駄になってしまうから、とはすごく経済的な理由だ。
「まあ、お前が着いてくるって言うならそれでもいいけど」
「何? あたしが一緒じゃ不満?」
「そんなことはないが、俺はてっきりお前が帰るかと思ったもんだから、すげー驚いてる」
「別に驚くような事じゃないわよ。お金を無駄にしたくないのは誰だって同じでしょ」
そりゃそうだが、嫌な相手と居るくらいなら運賃を無に帰したほうがマシ、という人も存在すると思うのだが。
「大会は午前十時からですよね。あんまりここでお喋りしてると、西条さんを途中で乗せる時間がなくなっちゃいます」
急がないと、と言外に告げる野上の声に、俺と錦馬は会話を打ち切って普段と同じそれぞれの席に乗り込んだ。
相変わらず野上は助手席を所望したので、訳もなくダメとは言えずに乗せてあげた。
助手席に座る野上のワンピースの裾から伸びる艶めかしい太ももを見ないようにしながら 車道の流れに割って入り西条のマンションへと車を走らることにした。
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