5-16
西条とのお泊り特訓から一週間後に行われた大会のオンライン予選で、俺と西条はグループステージを得失点差で五チーム中の二位で通過し、果たして決勝トーナメント進出を決めた。
グループの一位とは大きく差をあけられたが、それでも通用することを知っただけでも俺には自信になった。
そんな緊張と歓喜の休日を過ごし、決勝トーナメントを三日後に控えた今日。
俺はスタジオの待合スペースで一人、僅かな昼休憩を使って『ウォーホーイレブン』のプロゲーマーの動画でプレイのシミュレーションをしている。
「なるほど。無理にドリブルで抜かずにサイドチェンジで矛先を変えるのか。さすがはプロだな、機転が利く」
――何をブツブツ言ってるんですか?
俺は動画を止めて、少し巻き戻す。
サイドチェンジをする前の相手選手との間合いを確認しておこう。
――浅葱さん。私の声聞こえてます?
スマホの画面内で、水色ユニフォームの選手が相手選手が仕掛けてきたプレスを先読みして、間合いを詰められる前にサイドチェンジのボールを出している。
「相手との間隔は測ってわかるものじゃないな。実際プレイしてみないと」
――手、包んじゃいますよ?
動画を止めるためスマホの画面に右手の指を触れようとした時、横から突然傷一つない女性の両手が出現し、俺の右手を上下から包み込んだ。
な、な、なんだ?
女性の手から伝わってくる微かな温かさに若干の気持ちよさを感じながら、両手を辿って横を振り向いた。
するとそこでは、クリーム色のオフショルダーにレギンスパンツの恰好で俺の手を握って野上が微笑んでいた。
「野上。いつからそこにいたんだ?」
「先程からです。浅葱さんはいたから話しかけました」
穏やかな微笑みのまま野上は答えた。
「へえ。それで野上はこれから撮影か?」
「はい。午後からここの第二スタジオで。逆に浅葱さんはここで何をしてたんですか?」
野上は包んでいた両手を離して、俺が左手に持つスマホを見つめながら訊いてくる。
「動画を観てた」
「それはわかりますけど、これって何の動画を観てたんですか? 見た感じサッカーの試合でしたけど」
「ああ、これはサッカーゲームの動画だよ。実際のサッカーの試合じゃない」
「ゲームなんですか、これ。リアル過ぎて本物かと思いました」
「最近のゲームは現実と見紛うような出来だからな。野上が勘違いするのも仕方ない」
「どうして浅葱さんは真剣な顔で、この動画をブツブツ独り言を言いながら観てたんですか?」
単純に訳を知りたい顔をして野上は尋ねてくる。
ブツブツ独り言、か。なんか恥ずかしい。俺は気付かぬうちに自分一人の世界に没入してしまっていたらしい。
「俺は普段はそんな独りごとを言うような人間じゃないんだが、日曜にこのゲームの大会があるんだよ。それでついプレイング勉強にのめり込んでじゃってるだけだ」
「独り言が出るぐらい真剣なんですね。何かに集中してる浅葱さんは初めて見ました」
そう言って、ふふっと笑う。
大学生の頃から一人暮らしをしてるから、人がいないとたまに独り言が出ちゃうんだよな。気を付けよ。
「それに浅葱さんって意外とゲーマーなんですね。知りませんでした」
「俺がゲーマーに見えるか?」
「え、違うんですか。ゲームの大会に出るくらいだからゲーム好きなんですよね?」
「ちょっと前はそんなゲームになんて熱を入れてなかったんだぞ」
俺の言葉は意外だったらしく、野上は首を傾げる。
「それじゃどうして、真剣にゲームをやり始めたんですか。ストレスでも溜まってるんですか?」
「西条にペアを組んでくれって頼まれてさ。あいつの足を引っ張らないように俺も頑張ってるわけだ」
気苦労を聞いてくれ、という調子で俺は口に出した。
のだが、野上の目が何故か冷たいものになる。
「……いつから西条さんと仲良いんですか?」
「……仲が良いかどうかわからないけど、ここ数週間ゲームの相手をしたり、してもらったりの関係かな」
別に後ろめたい事じゃないはずなのに、野上は目がなんか怖い。
「ほんとにそれだけですか?」
「ああ、それだけだ」
俺は大袈裟なぐらいに頷いてみせる。
今の気持ちは、尋問される容疑者に近いかもしれない。
「……わかりました」
野上は割り切ったような声で言った。それでもまだ納得いっていない雰囲気を出しているが。
「浅葱さんと西条さんはただのゲーム友達です。認定します」
「野上に認定されるようなものでもないと思うけど」
「それより浅葱さん。ゲームの大会に出るって、さっき言ってましたよね?」
「そうだな。言ったな」
突然に話題を切り換えて、野上は何を言い出すんだ?
私も大会に出たい、なんて言われたらどうしよう。俺はたちまち不安になる。
冷たくなっていた野上の表情が、よく知る緩い微笑みに戻る。
「浅葱さんの応援に行ってもいいですか?」
「……ああ、なるほど」
「何がなるほどなんですか?」
「なんでもない。そんなことより、冗談抜きで応援しに来るのか?」
「はい。いけませんか?」
「いけないってことはないけど、俺と西条がやってるゲームの事を野上は知らないだろう?」
「ゲームの事知らないと応援しちゃいけないんですか。私でもサッカーのルールはわかりますよ」
「それならいいんだけど、俺の一存で決められることじゃないからな。西条にも応援に来ていいか訊かないと」
俺が勝手に野上を呼んで西条がへそを曲げたら、ただでさえ際どい試合ばかりなのにより一層相手との差が開いてしまう。
スマホの動画サイトを閉じてすぐにメールアプリを開き、大会に野上が応援に行きたいと言っている旨を西条へメッセージで送った。
「やけに物慣れてますね」
野上のジト目が突き刺さる。
「ゲームでペアを組む以上、話し合いは必要だからな」
「そういうことにしておきます」
いかにも納得していない声で、野上は納得を口にした。
言った以外の理由はないのに、なんでそんな怪訝そうなんだよ。
間があって西条から返信が来る。
「来てもいいが余計な口出しをしないよう注意しといてくれ、だってさ」
「余計な口出しなんかしません。私は浅葱さんを応援するんですから、西条さんは何を言おうと関係ないです」
野上には珍しくちょっと怒った風の口調で言った。
どうして野上の機嫌が悪いんだろう。
野上の痛い視線を感じながら、メールアプリを閉じて動画サイトを開き直そうとした。
ついでにスマホに表示された時間に目に遣ると、思っていたよりも時間が経過していた。
俺は慌てて動画サイトを閉じ、スマホをズボンのポケットに入れて立ち上がる。
「悪い野上。俺そろそろ錦馬の撮影場所に行かないといけないわ」
「わかりました。それで、応援行ってもいいですか?」
「ああ待ってる。詳しい大会の内容は後でまたメールで送るから、じゃあな」
野上に軽く手を挙げて、待合スペースを出る。
「早く行かないとなっちゃんに怒られますよ」
笑いを含んだ野上の急かす声を背中に聞きながら、もうすぐ撮影の再開するスタジオ内の一室へ俺は歩を進めた。
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