5-15

 日を跨いだ夜更かしのせいか、いつもの休日に比べて遅い時間に起きた俺は、急いで自室兼寝室からリビングに移動した。

 カーテンの隙間から陽光が漏れ入るリビングで、フローリングの上に敷いた布団を見るとすでに西条の姿はなかった。

 気まずさを感じなくて済むと思いながらリビングに踏み入ろうとした時、斜め後ろの脱衣所のドアが突然に開く。


「あさぎか。おはよ」


 声のした方を振り向くと、脱衣所の敷居のところでプリントTシャツ姿で西条が首から掛けたタオルで湿った髪の毛を拭いていた。


「ひとっ風呂浴びてきたぞ。昨日は入れなかったからな」

「昨日の今日なのに、よく平然としていられるな」


 なんで何事もなかったように振る舞えるのだろうか。


「昨夜のことは事故だ。二十歳超えたいい大人同士が、あんなことで気詰まりになっていたら身が持たん」

「あんなことって。西条は恥ずかしくなかったのかよ?」

「グラビアアイドルだからな。あのようなシチュエーションはいくらでも演じたことあるぞ」


 マジか。グラドルってあんなシチュエーションも撮るのか!

 グラドルが押し倒される様子が頭に浮かぶが、演者が錦馬だったのですぐに想像を脳内から振り払った


「それより、あさぎ。お腹空いたぞ。朝食を用意してくれ」

「俺はお前の召使いじゃねーぞ」

「何でもいいからお腹空いた」

「はいはい。今から用意してやるからゲームでもして待ってろ」

「ふむ。気が利くな」


 昨日から西条と過ごすうちに、彼女の我が儘がさほどの面倒な用ではないと感じてきた。

 まあ、今日までの辛抱だ。



 午後八時を超えてようやく帰宅すると決めた西条を、俺は車でマンションまで送り届けた。

 薄暗い車内照明の中、後部座席に座る西条をバックミラーで見遣ると、彼女の方からミラーの中で視線を合わせてくる。


「あさぎ。大会までに腕を落とすでないぞ」


 西条が釘を刺すように言った。


「きちんと練習するから安心しろ。お前こそ腕を落とすなよ」

「落とすわけがないだろう」


 馬鹿を言うなというトーンで返してくる。


「それに私は大会まではゲーム三昧だからな。仕事のあるあさぎと違って、前日まで腕に磨きをかけられる」

「それなら安心だが、仕事はしろよ。お金がないって泣き着いてきても、一銭も出してやらないぞ」


 俺は眉根を寄せて、厳しい顔つきをミラーに映す。


「私もあさぎからお金をせびる気はない。心配するな」

「言ったな。後で頼み込まれても貸さないから」


 こんなやり取りで西条が仕事に身を入れるようになったら、事務所としてはありがたいだろう。


「あさぎ。降りる前に一つ聞いていいか?」


 リュックを片方の肩に背負って車を降りる支度の出来た西条が、ドアノブに手を掛けた姿勢で訊いてきた。

 なんだ、と訊き返すと、一瞬の間があってから西条が口を開く。


「あさぎには今、彼女とかいなかったよな?」

「……生憎いないよ。俺が彼女持ちに見えるか?」


 不意打ちの問いかけに戸惑ったが、少しおどけた口調で問いを返した。


「いや、見えん」

「はっきり言うな。実際そうだから怒る気も起きないけど」

「しかし安心したぞ。あさぎに彼女がいないなら、私が家に遊びに行ってもグチグチ言われないで済むな」


 西条はラッキーな事みたいに笑顔になる。


「そんな嬉しい事か?」

「当たり前だ、あさぎの家は設備がちゃんとしていて快適だったからな、遠慮なく遊びに行けるのは嬉しい事だろ」


 ああ、そういうことか。

 西条が嬉しがるのは、俺の事ではなく俺の住まいが理由のようだ。

 服や装飾品にあまり金を使わない分、生活環境は納得いく所を選んでるから、快適と思われるのもあり得るか。


「それじゃ、また来週だな。絶対に腕を落とすなよ」


 西条は俺に重ねて釘を刺し、手を掛けていたノブを引いて押し出るように車から降りた。


「来週ここに迎えに行くよ。それじゃあな」


 マンションの外階段に駆けていく西条へ伝え、俺はサイドブレーキを下へ下ろした

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