5-14
深夜の二時を超えると、長時間のゲームプレイによる疲れからか、頭がぼうっとする事が増えてきた。
互いに口数も減り、表情に明らかな疲労が現れてきていた。
「これで最終戦にするぞ」
三五試合目の後半四十分を過ぎた時、西条が沈んだ声で告げた。
俺はああ、とだけ応じて、気力を振り絞ってプレイに集中する。
やがてホイッスルが鳴ると同時に、西条はコントローラーを持ったまま後ろへ倒れた。
薄手のパジャマの裾から下腹部がちらりと覗く。
「あさぎー、ここで寝ていいか」
「ダメだ。床でなくきちんと布団で寝ろ」
そんな恰好のまま寝られたら、臍に目がいってしまうではないか――じゃなくて固い床で寝ると身体を痛めるぞ。
「いつもは寝落ちしてるんだぞ。それに暑いから床でいい」
「ここは俺の家だ。だから俺の家のルールに従ってもらうぞ」
「うう、厳しいぞ」
「ちっとも厳しくないよ。寝るべき場所で寝るのが普通だ」
なんでも許可してしまうと放埓が過ぎてしまうので、ある程度の節操は持ってもらいたい。
なにより俺の住まいだからな。
「さ、寝床の用意をするぞ」
「仕方ない。手伝ってやる」
西条はいかにも億劫そうに言うと、手をついてゆっくりと立ち上がった。
手伝ってやるって生意気な。俺が手伝う側だ。
「それであさぎ。布団はどこにあるのだ?」
「さっき出しておいた。西条はどこで寝たいとかあるか?」
一応、寝室に行けば俺が使っているベットがあるが、正直俺の寝場所は二の次でいい。
「ふむ。どこで寝たいかと聞かれれば、どこでもよいが」
「寝室に行けばベットもあるけど、俺が普段寝ているベットは嫌だろ?」
そうだな、と同意してくれるつもりで言った、のだが何故か西条の瞳が興味ありげに輝いた。
「なに、ベットで寝てもいいのか?」
「でも俺が毎日使ってるからあんまり綺麗じゃない。おすすめはしないな」
俺がそう返すと、西条の瞳から興味の輝きは薄れる。
「あさぎがお勧めしないならベットはやめだ」
「そうしてくれ」
「私はやっぱり床で寝るぞ。それならあさぎにも迷惑がかからないしな」
「だから、床で寝るのはダメだって」
「何故だ。私はあさぎのために遠慮してるんだぞ」
「遠慮しなくていいよ。俺は西条のために布団を用意したんだ」
客人を床で寝かせるわけにはいかない。これくらいは最低限の礼儀だろう。
俺の言葉に、西条はそうかと思案するように目を伏せた。
「そこまでしてくれたなら、あさぎの言うことに従う」
「そうしてくれ。客であるお前を床に寝かせるなんてできないからな」
妙なところで西条も遠慮するなぁ。
「じゃあ、布団を敷くか。どこがいい?」
「リビングだ。わざわざ寝るために移動するのは面倒だからな」
そうと決まれば、話は早い。
「西条はコントローラーをテレビ台の上に退けといてくれ、俺は布団を持ってくるから」
「うむ。頼んだ」
西条が頷くのを見て、俺は布団を取りに寝室へ向かった。
大学時代にはよく使った来客用の布団一式を押し入れから出し、腕に抱えてリビングに戻る。
「あさぎ。片付けが終わったぞ」
布団を抱えているせいで前方不注意気味な俺に、西条がわざわざ報告をくれる。
「ソファテーブルの前でいいか。そこが一番広くスペース取れるから」
「うむ」
西条の承諾を聞いてから、言葉通りの場所に布団を置く。
「布団は置いておいたから。あとは自分でやれよ」
「やっぱりそこではない。もっと私の荷物側に寄せろ」
「自分でやれよ、ったく」
どうせ俺の方が布団の近くにいるから、俺が移動させちゃうんだけどね。
布団を抱えなおして、西条のリュックの傍に降ろした。
「ここでいいか?」
「ついでに敷いといてくれ」
「はいはい」
俺はついでの気持ちで俺は布団を床に広げる。
「あさぎ。敷き終えたか?」
「ああ、仰せのままに」
布団の端を延ばしながら背後にいる西条へ皮肉を込めて返すが、西条はムッとした様子もなく布団の上にリュックを引き寄せたようだ。
「なあ、あさぎ。アイマスク使うか?」
「アイマスクか。使ったことはないけど、どうなんだ?」
「私は少しでも光が目に入ると気になるからな。就寝時のアイマスクは必須だ」
「へえ。西条はどんなやつを使ってるんだ?」
アイマスクと言っても、色やデザインは種々様々だ。
「こういうやつだ」
西条がアイマスクを差し出した気配がして、丁度布団の端を延ばした俺は立ち上がる
ついでに西条の方を向いた。
と、その瞬間。思ったより近くにあった西条のリュックに体重移動を堰き止められ、運悪くリュックのすぐ後ろでしゃがんでいた西条を巻き込み、前かがみに体勢を崩す。
ヤバい、西条の上に倒れる!
咄嗟の動きで布団の上へ手を突き出した。
「あぶねっ」
突き出した腕がつっかえになって西条との激突は避けられた。
が、両腕の間で驚き見開いた西条の目と息が掛かる程の距離でかち合う。
「……ごめん」
どうすればいいかわからず、とりあえず謝った。
すると西条の瞳から驚きが薄れ、恥ずかしそうにサッと横へ顔を逸らす。
「………」
なんで黙ってるんだ?
脱衣の所を見てしまったときは泰然としていたのに、どうして今は目を合わせずに無言なんだ。
「……どいていいか?」
気まずさから脱したくて俺の方から声をかけると、顔を横にやったまま小さく頷いた。
更なる事態の悪化を招かないように、慎重に手足を動かし身体を起こしやすい位置を探す。
右ひざが西条の内腿に当たる。
「んっ……」
西条の口からくすぐったさに耐えるような息が漏れる。
「ごめん」
「……気にするな。それより早くどいてくれ」
「あ、ああ」
気にするなと言われても、官能な声を出されたら気になってしまう。
俺は危うく身体のどこかを踏んでしまわないように、西条の手足の位置に注意を払いながら手で勢いをつけて起き上がり、飛びのくようにして布団から離れた。
「……ほんとにごめん」
西条は布団の上で寝がえりを打って横臥の姿勢になると、腕で顔を隠した。
「もう寝る。電気を消せ」
「……わかった。おやすみ」
さすがに怒らせただろうか。
壁付けのスイッチで照明を落としてリビングを出て、ベットのある寝室へ向かう。
明日、どんな顔して接すればいいんだ。
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