5-12

 西条が出場したいと懇望していた大会の予選が、約二週間後にオンラインで開催されるとは調べがついた。

 しかし近一週間、よりにもよってマネージャーの仕事が立て込んでしまい、帰宅後の空いた時間にプレイするぐらいしか真面な練習時間が取れなかった。

 一方で西条は俺が仕事で忙しくしている間もマンションの自室に籠って、本人曰く練習漬けの日々を送っていたらしい。

 そうして対照的な一週間を過ごし、予選が来週の土曜に迫った今日、俺は予定していなかった客人に内心で頭を抱えている。


「あさぎ、喉渇いたぞ。何か飲み物はあるか?」


 俺の部屋のリビングにて、ゲームの画面を映したテレビを前にし、コントローラーの上で指をせわしく動かしている。

 俺はその隣で西条に負けじと、降ってくる色付きの球体の連なりを彷徨わせていた。


「これで終わりだ」


 呟いた西条の側の画面で、色付きの球体が同じ色四つの連なりになって霧散し、その連なりは続けざまに発生していく。

 色付き球体の消失が終わると、俺の側の画面で黒い球体が大量に落ちてきた。

 彷徨わせてた球体を置く場所がなくなり、物が落ちる擬態語に似た音が流れると、ポップ体の青い文字で負けと表示された。


「喉渇いた。飲み物はないのか?」


 幾度目かわからない敗戦にしょげる俺の気も知らずに、西条はコントローラーを持ったまま画面から目を離さずに要求してくる。

 俺が昼食を済まして食休みをしていた時、突然西条が訪ねてきたのだ。それも宿泊用らしい荷物を持って。

 なんで俺の住んでいるマンションを知っているのか尋ねると、入澤さんに教えてもらったのそうだ。無論、俺は入澤さんを恨んだ。

 ついでに来意を問うと、大会のために協力プレイを練習したいということだったのだが、どうして今は落ち物ゲームで対戦してるんだろうか?


「おい、聞いてるのかあさぎ。飲み物だ、飲み物!」


 耳元で飲料水を欲しがってわめく西条に、俺はうんざりと振り向く。


「なあ、西条は協力プレイを練習するために来たんだよな?」

「あ? そのとおりだが、問題でもあったのか?」

「じゃあなんで俺たちは全く違うゲームで対戦してるんだよ」


 俺の質問に西条はニコリと笑う。


「息抜きだ」

「息抜きだ、じゃねー。このゲームだけでもう三時間もやってるんだけど!」


 西条にせがまれた最初の対戦で、結果に満足いかずに再戦を申し出た俺も悪いとは思うけど、根本悪いのはいろんなゲームを持ち出してきた西条だ。

 最初の一時間ぐらいは俺も対戦に熱を入れていたから、強いことは言えないんだが。


「私が悪いみたいではないか」


 西条は不服な様子で口を尖らせる。


「あさぎが勝つまで付き合ってやろうと思っていたんだぞ」

「そういう言い方やめてくれ。俺が下手くそみたいだろ」

「実際に私よりも下手くそではないか」

「下手くそで悪かったな」


 西条の言うことが否定できないので、俺はやけ気味に返した。


「そんなことよりも、飲み物が欲しいぞ。喉が渇いた」

「キッチンの蛇口でも捻っとけ」

「あさぎは客に水道水を飲ませる気か」

「勝手に訪ねてきて飲み物を出してほしいなら、もっとお客様らしく振る舞え」

「礼儀など知らんぞ。せめてお茶でもいいから喉が渇いた」


 さっきから喉が渇いた、喉が渇いたってしつこいな。

 そうまで欲するならば、致し方ない。くれてやろう。


「お茶で良いな?」

「うむ。何茶でもいいから早く飲ませてくれ」


 俺は腰を上げてダイニングの冷蔵庫に向かう。

 冷蔵庫からまだ開けていない五〇〇mlの新品の麦茶のボトルを一本取り出し、西条のところまで戻って差し出した。


「ほれ。一本丸ごとやるよ」


 一本丸ごとは喉を潤すには多いだろうが、西条の飲みかけなど理性的に家に置いておくべきではない。


「うむ。恩に着るぞ」


 西条はボトルを受け取って礼を言うなり、キャップを開けて首ごと傾けて飲んだ。


「水分が身体に染み込んでいくようだぞ」


 何が面白いのか、笑顔で言う。

 俺は隣に座り直して、キャップを閉める西条に訊く。


「そろそろ練習を始めた方がいいんじゃないか? いつまでも他のゲームで遊んでる場合じゃないだろ?」

「当然だ」


 キャップを閉めたボトルの吸い口を弄りながら答える。


「予選は一週間後だぞ。予選の前日まであさぎに仕事があるなら、なおさら連休の間に連携の腕を上げておかなければならん」

「そうだよな。やっぱり」


 出場すると決めた以上、俺も忙しさを言い訳に練習を怠りたくはない。


「練習の時間が欲しいからこそ、私は着替えまで持ってきた」

「聞いてなかったけど、本気でここに泊まる気か?」

「今更、辞めてくれと言われても困る。泊まる準備は出来ているんだぞ」


 正直言えば遠慮してほしいが、西条の目は大真面目だ。

 むしろ異性として過剰に気にする方が、卑しい下心があると思われかねない、かもしれない。


「泊まる準備は万全だな?」


 後々に面倒が起きないように、西条の目をしっかりと見つめて尋ねる。


「うむ。あさぎに迷惑はかけないぞ」


 答える西条の目に強い意思を感じる。


「それじゃあ、そろそろ練習に取り掛かるか」


 大会が終わるまでは盟友だと思おう。ゲームで勝つために女も男も関係ないし、気にしていられない。

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