5-7
当然のこと、俺の操作したフリーターキャラはOLキャラにコテンパンにされた。
あまりにも力量差があり過ぎて、悔しさが微塵も感じないぐらいに一方的な対戦だった。
「対戦ありがとうございました。ギャラリー席にお戻りください」
今平さんが告げた後、俺はロズさんと形ばかりの握手をし、俯く西条の手を引いてステージを降りた。
ギャラリー席に戻った頃にはもう、ステージでは次の対戦相手を探していた。
西条の手を離してやり、俺はもといた席に座る。
「あさぎ……」
か細い声を出して、哀願するような目で西条が座る俺を見つめてくる。
「どうした?」
西条の切なげな表情というのを見たことがないから、なんて受け答えすればいいのか悩む。
「右手を貸してくれ」
「は? いいけど……」
先程まで西条を引いていた側の手だ。
訳がわからないが、言われた通り差し出す。
西条は両手を前に出すと、力強く握るように俺の右手を包み込んだ。
「何がしたいんだ?」
「お前だけロズさんと握手するのはズルいぞ」
憎々しげに言った。
ああ、なるほど。西条だって対戦したはずなのに、ロズさんと握手してなかったもんな。
「ズルいと言われても。西条から握手してくださいって頼めばよかったじゃないか」
「そんなこと頼めるわけないだろう。ロズさんは私の憧れなんだ」
へえ、そうなんだ。それならステージに上がって対戦できたのは、よほど嬉しいことなんじゃないだろうか。
「そのロズさんに直接会えたんだから嬉しがってもいいのに」
「憧れてるからダメなんだ。緊張が勝ってしまった」
そう嘆じて、悔し気に唇を噛む。
悔やむのはいいけど、その前にちょっと。
「なあ、手を離してくれないか?」
「まだだ。まだロズさんの温もりを感じてない」
頑として手を離す気はないらしい。
「すごい視線集めてるから、離してくれ」
俺は左手の人差し指で、周囲のギャラリー席を見るよう西条に促す。
「大袈裟だな」
西条はぼやきながら俺の指先を目で追った。
瞬間、ふぇぇと驚く声を漏らして固まる。
ギャラリー席の一部から、あっ気付いたらしいぞという声が聞こえてきた。
「なんでこんなに視線を集めてるんだ」
「そりゃさっきまでステージにいたからね。そしてステージ降りるなり手を取り合ってたら、仲の良いカップルだなって思われても仕方ないと思うよ」
俺だって一人でギャラリー席にいたら、後ろの席で堂々とイチャついてるカップルについ好奇の視線を送ってしまうだろう。
周囲の視線の意味気づいたのか、西条の顔が血潮の水位が上がるように赤くなった。
「こ、こんな予定ではなかった!」
赤面した顔で叫んで俺の手を落とす勢いで振り払うと、視線を避けるようにして身を翻しイベントホールの出入り口へ駆けていく。
「待て……ったく」
足を止めようと声を掛ける暇もなく、西条はイベントホールから姿を消した。
少し恥ずかしいからって、走って逃げることないだろうに。
逃走先を決めているのか定かでないが、人とぶつかってトラブルにでもなったら大変だ。
溜息を吐きたい気分で、俺はイベントホールの出入り口に急ぎ足を向けた。
そういえば。入澤さんと仲違いしていた時も、入澤さんを見るなり逃げ出してたよな。
この年で二回目の鬼ごっこをすることになるとは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます