5-5

 前哨戦が終了してしばらくすると、本田サファイアとロズさんがゲーム席から立ち上がってギャラリー席に向き直った。


「それでは今から、観客の中からロズさんに次の対戦相手を選ばんでもらいます。ロズさん、誰にしますか?」


 今平さんが尋ねると、ロズさんは背を伸ばすようにしてギャラリー席に見渡す。


「やっぱり、見たことある顔触れが多いな。デート中のカップルとかいないのか?」


 ロズさんが不満そうな顔つきで言葉を発した瞬間、膝の上に置いていた左手首を力強く鷲掴みにされる。


 肝を潰して掴まれた手首の方に振り向くと、決然とした横顔の西条が俺の手首ごと腕を宙に掲げた。

 西条の唐突な行動に頭が真っ白になる。


「男女コンビじゃねーか。たまにはカップルもいるもんなんだな」

 ステージ上のロズさんがこちらを見て、とても愉快そうに弾んだ声を出した。

 俺と西条よりステージ寄りに席を取っていたギャラリー達が、ロズさんの目線を追うようにしてこちらに顔を向けてくる。

 ちょ、凄い注目されてるんだけど。手を離せって言いづらくなったじゃないか。


「そこの二人は付き合ってるのか?」


 好奇心がみえみえな顔で、ステージの上からロズさんが訊いてくる。


「単なるしご……」

「付き合ってる、よなっ?」


 答える口調には嬉しさを滲ませつつも、ほんとの事言うなよ、みたいな目で西条が睨んでくる。

 彼氏役をしてくれとは頼まれたが、人が大勢いる中でカミングアウトするなんて聞いてないぞ!

 俺が抗議の目で見返すのも意に介さず、西条はロズさんの方に顔を戻す。


「若いカップルだな。よし、ステージに上がってこい」


 心底楽しげな口ぶりで、ロズさんが俺たちに向かって手招いた。


「そんな簡単に対戦相手を決めていいんですか? もうちょっと公平に選んだ方が良いのでは?」


 ロズさんの横合いから今平さんが諌止する。

 おおっ助け舟だ。


「いいんだよ。むしろデートの良い思い出になるかもしれないだろ」

「なるほど。それならアリですね」


 今平さんは易々と翻意した。

 アリじゃねーよ。嘘の関係を広めないためにもっと粘ってくれ今平さん。


「カップルとは丁度いい。キャラによっては協力プレイも可能にしてあるんですよ」


 本田サファイアが我が子を誇るように言った。

 余計な機能つけるなよ。

 西条は俺の手首を掴んだまま席から立ち上がる。


「いくぞ、あさ……み、みつと!」


 俺の事を咄嗟に名前で呼び、恥ずかしさを誤魔化すようにグイと引き上げた。

 恥ずかしいなら無理に名前で呼ばなくてもいいと思うんだけどな。こっちまで恥ずかしい。


 西条は手首を掴んだまま俺を引っ張り、ズンズンとステージの方へ歩き出す。

 いまさら彼氏彼女の関係ではないと公言しても、強引な彼女に困惑する彼氏という構図にしか他人の目にか映らないだろう。

 俺は抵抗を諦めて、西条と一緒にステージに上がった。


「見た感じ、彼女が攻めで彼氏が受けだな?」


 ステージに上がるなり、ロズさんが俺と西条を見ながら面白がる顔で質問してきた。

 答えられるわけねーだろ、そんなこと。というか付き合ってすらないんだけど。


「は、はい」


 隣から妙に跳ね上がった声がして横目に窺うと、極度の緊張で強張った西条の顔がある。

 ええええ!

 西条? 普段の意地悪いぐらいの太々しさはどこいった? 


「どっちが相手してくれるんだ?」


 ロズさんの問いに、ガチガチに緊張している西条が小さく挙手した。


「わ、私が」

「彼氏と協力しなくていいのか?」


 西条はこくんと頷く。

 そりゃそうだ。俺が参加しても足を引っ張るだけで、西条一人で戦った方がよっぽど腕の立ったプレイングを見せてくれるだろう。


「それじゃ、その席に座って準備してくれ」

「は、はい」


 ロズさんの指示に従って、西条が緊張の面持ちで対戦の用意を始める。

 しばらくして双方がコントローラーを構えると、今平さんが二人の真ん中に移動しマイクを口元に近付ける。


「対戦の準備が整いました。それでは、バトルスタート!」

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