5-4

 ミラクエのブースを離れて以降、西条の行程に付き添って様々なゲームタイトルのブースを見て回った。

 なかでも俺が毎年に新作を買っているサッカーゲームのブースでは、西条よりも楽しんだぐらいだ。

 出店している屋台で軽い昼食を堪能した後、西条の一番の目的であったらしい午後一時半から催される特別イベントに参加するため、西条に連れられて薄暗いイベントホールに訪れた。


「みんな気が早いな。もっと早く来ればよかった」


 イベント参加者でほとんど埋まったステージ前の縦横に並んだ席を目の前にして、西条が残念そうにぼやいた。

 立ち見するしかないのかと思ったが、ギャラリー席の最後部列の真ん中に二席だけぽつんと空席ができている。


「あそこだけ空いてるぞ。座るか?」

「一番前がよかったが、席が空いてないからな。我慢するぞ」

「空いてただけでも運がいいと思おう」


 慰め代わりに言ってやると、不承不承の顔つきで西条は頷き、空席に腰を降ろした。

 俺はその隣に座り、幾百人の参加者の頭越しにステージを見る。

 ステージには大型モニターがあり、モニター下に向かい合った液晶画面と繋いだゲーム用の席がある。


「なあ、ここで何が行われるんだ?」


 西条に尋ねると、無知の者に見るような目を向けられる。


「見てわかるだろ。ステージでゲームをやるんだ」

「まあ、ゲームはやるんだろうけど。具体的に何のゲームをやるんだよ?」

「大方、対戦型ゲームだろう。昨年も一昨年もそうだったからな」

「出演者がゲームで対戦するのをモニターで観戦する、みたいな解釈でいいのか?」

「間違いではないが、対戦するのは出演者だけじゃないぞ」

「どういうことだ?」


 出演者以外にステージに上がって対戦するとしたら、どんな人物が当てはまるんだ。

 椅子に座ったイベントの参加者が飛び入りで対戦するなんてことは、ないよな?


「出演者のプロゲーマーが参加者の中から対戦相手を選ぶんだ。対戦するゲームはわからないが、プロゲーマーと手合わせできるまたとないチャンスだぞ」


 すでに自分が選ばれた、みたいに西条は声を弾ませる。

 ゲーマーにとって、憧れのプロゲーマーと対戦できるのは夢のような事なのだろう。

 でも、俺が同伴する意味ってなんだ?


「なあ、このイベントって俺まで参加しなくてもよくないか。何か特典があるわけでもないだろうしさ」

「浅葱は何もしなくてよい。だが参加はしてもらうぞ」

「何故だ?」

「始まるぞ。静かにしてろ」


 ステージの上が俄かにステージライトで明るくなると、西条に言葉で口を封じられた。

 質問してもイベント中は快く答えてくれそうにないので、俺もステージの方に意識を傾ける。

 耳に覚えのある何かのゲームのBGMらしき軽やかな音楽が突如響き出し、ステージ袖からイベント限定Tシャツを着た、緋色の髪をスラリとした長身の背中で揺らす女性が登場する。

さらに彼女の後から眼鏡の小太り男性がマイクを持って現れ、女性の前に立ってマイクを口に近付けた。

 あの男性、どこかで見た気がするぞ?」


「ええ、MCを務めさせていただきます。お笑いコンビすれっからしの今平と言います」


 ごめん、今平さん。ご存じないです。

 無名の芸人なのかと思ったが、俺以外のギャラリーは飽き飽きしたような雰囲気を出しているので、ゲーム好きの間では名が知られているのだろう。


「それにしてもロズさん」


 今平さんは自己紹介が済むと、女性の方に話を振る。


「今年も人が集まってくれましたよ。ありがたいことですね」

「ああ、そうだな」


 ロズと呼ばれた女性は今平の言葉に頷きつつも、どこか釈然としない面持ちでギャラリー席を見回す。


「どこか納得いっていないようで。何が不満ですか?」

「見たことある顔がいっぱいだな」

「そりゃ毎年ここだけでやってますからね。何かの拍子にバズりでもしない限り、新しい参加者は見込めないでしょう」

「よしじゃあ。お前が裸になって会場内一周してこい。話題になるぞ」

「昭和の罰ゲームか。生まれたままの姿でポリスの世話になりたくはない。せめて大事な部分は隠さないと」

「仕方ない。レディース下着だけは装着を許してやろう」

「許すなよ。というかむしろ、そっちの方が怪しさビンビンじゃないですか」

「何を心配することがある。ステージの方は私一人で回すから、遠慮なくレディース下着付けてきていいぞ」

「誰が着けるって言った?」

「大事な部分を隠せればいいんだろ?」

「よくないよ」

「じゃあ隠さずに走るのか?」

「走ることを前提にしないでくれ。そもそも裸で会場を走ることを認めた覚えはない」


 今平さんが猛るように拒否すると、ロズが右手を今平の腹に当てて聴診する医者みたいに左手を耳に添えてふむふむと頷く。


「認知機能の低下が激しいな。こりゃ手術が必要かもしれん」


 今平さんがロズの右手を腹から引き剥がす。


「何故腹の音聞いてわかる。脳みそが腹にあるのか!」


 会場内に響くぐらいの声で今平さんがツッコむと、ギャラリー席がどっと沸いた。


「じゃあ、脳はどこにあるんだよ」


 不満そうにロズが問うと、今平さんは自身の頭を人差し指でトントンと叩く。


「ここだよ。ここ、あ・た・ま!」


 ロズは腕を組んで首を傾げる。


「あたま、か。そこには違うものがあると思ってたんだが」

「何があるとおもってたんだよ?」

「あれだ、あれ。プロ野球チームの本拠地で天気のいい日に屋根が開くドームみたいな……」

「福〇ドームじゃねえか。なんで頭の中がドームになってて野球やってんだよ。場外ホームランのボールが飛び出して来たら怖いだろ!」


 今平さんのツッコミにギャラリー席がドカンと笑った。

 毎年こんな漫才みたいなことをしてるんだろうか?


「場も温まったところで、そろそろゲストに登場していただきましょう」


 一通りの漫才が終わったのか今平さんはギャラリー席を眺め回した後、意気軒昂に告げてステージ袖に身体を振り向ける。

 ステージ袖の幕が誰かの腕によってめくれて、白皙の端整なイケメン男性の顔がひょっこりと現れた。


「今年のゲストは天才ゲームクリエイターの本田サファイアだ」


 興奮を促すような声で今平さんが叫ぶ。

 天才ゲームクリエイターか。もしかして西条の目的は、この人か?

 イベントが始まってからやけに静かな西条の方を見ると、まんじりともせずにステージ上に視線を留めている。

 はしゃぐかと思っていたが、案外大人しいな。

 ステージに目を戻すと、本田サファイアと呼ばれた男性が、何故白衣を着た格好でギャラリー席に笑顔を振り撒きながらロズさんの隣に立つ。


「ゲストも登場したところで、対決内容を説明しましょう。今年はこれだ!」


 今平さんが声高に喋りながら、モニターに片手を向ける。と同時にモニターに大きく踊る赤いポップ体の文字が表示された。


 世界も驚く本田ゲーでガチンコバトル!


 本田ゲーとは多分、本田サファイアが制作したゲームのことだろう。世界も驚くぐらいだから、相当クオリティやゲーム性が素晴らしいのかも。


「ところで本田サファイアさん。本田ゲーとはどんなゲームですか?」


 俺が若干期待に胸を躍らせている中、今平さんが本田サファイアに訊いた。


「本田ゲーはですね。俺が自作したゲームなんです」

「出来栄えはどうですか?」

「まあ、満足かな」


 照れたような笑いを浮かべながら本田サファイアが答える。


「今回はプロゲーマーのロズさんが観客と対戦するわけなんですが、どういったゲームを持ってきたんですか?」

「対戦するというころで、自作の中で気に入っているアクションバトル系を用意してきました」

「おおっ、それは楽しみですね。ロズさんはアクションバトルは得意ですか?」


 今平さんはロズさんに話を振る。


「そりなりにはな。格闘ゲームにハマった時期もあった」

「それはいつ頃?」

「小学生の頃だ。まだせいり……」

「それでは対戦するゲームの紹介だ!」


 ロズさんの言葉を今平さんが遮って、モニターに手を向けた。

 モニターのポップ体の文字が消え、一瞬の暗転の画面が切り替わった。

 モニターには、ちょっと年季を感じるアパートの共通廊下を中心にしてアパートの全体像が映っていて、稲妻のような効果音とともに左右から角張ったタイトル文字が姿を現した。


 激闘! キツキツマンション!


 というゲームタイトルらしい。


「本田サファイアさん、これはどういうゲームなんですか?」


 今平さんが尋ねる。


「このゲームの設定は築四十年のマンション星野ハイムで、一本しかない外階段を先に降りる権利をめぐって住人同士が闘う格闘バトルものです」


 くだらねえ。


「それ、どっちかが譲ればいいのでは?」

「それがですね。星野ハイムの住人はどうしても譲るのが嫌みたいなんですね。住人にとって自分よりも先に外階段を降りられるかどうかは死活問題なんですよ」

「だからって身体を張って戦うことないでしょうに」


 殺伐としすぎだろ、このマンション。格闘好きの梁山泊か。


「とりあえずルール解説いかないか。ちんたら漫談してる暇はないんだぞ」


 長くなりそうな本田サファイアのゲーム設定紹介に、ロズさんが横やりを入れた。

 そうしますかね、と今平さんが同調すると、本田サファイアは少し物足りなそうに眉間に皴を刻むも口を噤んだ。


「それではまず操作方法を知ってもらうために、前哨戦として製作者の本田サファイア対ロズのバトルを始めましょうか」


 今平さんの言葉にロズさんと本田サファイアは頷き、向かい合いになっている二つのゲーム用のテーブル席に身体を納めた。

 キャラ選択の時間に、本田サファイアは老人キャラ、ロズはこれが一番美人だからという理由でOL風のキャラを選んだ。

 バトルがスタートすると、コントローラーでキャラを軽快に操作しながら本田サファイアが楽しそうな顔で口を開く。


「このゲームのキャラには全員に二つ名がありまして、自分が使っているキャラは大晦日のお御籤で五十年間凶を引き続けている老人で、二つ名は最凶の杖戦士っていうんです」

「それじゃあ、ロズさんの使っているキャラは?」

「ロズさんのキャラは部屋で飼っているコリー犬の助丸だけが心の癒しの独身OL女性で、二つ名は狂犬の使役者です」

「そう、なんですか……」」


 会話回しには慣れている印象だった今平さんが、ツッコミも忘れて言葉に困った様子で相槌を返した。

 今平さんに同情したくなる。

 ギャラリー席が笑いに包まれたまま、本田サファイアとロズさんの対決は制限時間が尽きて、操作のツボを掴んだらしいロズさんが僅差で勝利した。


「さすがロズさん。制作者の自分に勝つなんて」


 清々しい笑顔で本田サファイアがロズさんを褒める。


「たまたま、だ。もう少し順応が遅れてたら大差で負けてたよ」

「前哨戦はロズさんの勝利となりました。いやぁ、前哨戦なのに中々白熱しましたね」


 確かに、どちらが勝つか予測できない熱いバトルではあったけども、このゲームすげーしょうもねぇ。制作者は物凄い時間と労力を注いだだろうから、本当は貶すようなことは言いたくないけど――しょうもねぇ。

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