5-3

「ほんとに俺が彼氏役でいいのか?」


 会場に入るなり、遊園地に来てどの遊具に乗ろうか迷う子供のようにパンフレットを開いて左見右見し始めた西条に、俺は念を押して尋ねた。

 ここへ来る道中、西条からイベントの最中ずっと彼氏役をしてほしい、とせがまれ、実感のないまま承諾してしまった。

 なので現在俺は、西条かえでの彼氏という設定になっている。

 不安を抱いて問いかけた俺に、西条はパンフレットから顔を上げて振り向く。


「いまさら心配したところで遅いではないか。私が頼れる男が浅葱以外にいないしな」

「西条は仮にもほら、グラビアアイドルだろ。あらぬ噂とか立てられることが、なきにしもあらずだろ?」


 会場で行き交う人々に聞かれるのは少々マズいので、俺は声量を落として話した。

 俺の懸念をよそに、平然とした真顔で答える。


「安心しろ。浅葱は無理に彼氏っぽいことはしなくてよい」

「俺がどうこうじゃなくて、お前の心配をしてるんだよ。深く考えずに引き受けた俺も悪いけど、お前に彼氏がいるってことになったら人気が落ちやしないか」

「なるようになると思うがな……おおっ、ミラクエじゃ!」


 俺の話をてきとうに聞きながら辺りを見回していた西条は、話も半ばに通路の右手にあるブースへ駆け出していった。

 心配を毛筋も見せない西条に溜息を吐きたい気分で、彼女の後を追う。

 ブースの前に来ると、西条は新作のPVを観ながら瞳を輝かせていた。


「見てみろ浅葱! ミラクエの未公開映像だぞ」


 東京見物する田舎の小学生みたいに興奮した声で俺に言う。

 釣られて映像に目を向けると、本物かと見紛うような苔の生えた岩肌の地面が映っていて、たった今森の精霊でも出そうな幻想的な樹林に切り替わった。


「綺麗だな」

「ミラクエの最新作はステージの背景映像にも力を注いだらしいからな。発売は来年の夏らしいが、今からもう楽しみだ」


 ミラクエの名は俺も知っている。確か正式名称が『ミラージュクエスト』で、家庭用ゲームが流行り出した時期からシリーズ一作目が発売されたファンタジーRPGだ。大学の知り合いにもシリーズ全作を揃えているファンがいた。


「西条はミラクエが好きなのか?」

「好きだ。新作の度に新ギミックを搭載してファンを飽きさせなようにしているし、なにより展開の読めないストーリーがたまらなく面白い」

「へえ、そうなのか。だからあいつは虜になったんだな」


 大学の知り合いがミラクエを語る時の口上を思い出す。


「浅葱、お前の言うあいつって誰だ?」

 俺の言葉が気になったのか、西条が興味を示した。


「大学の知り合いにミラクエのファンがいたんだよ。そいつの事を思い出してな」

「ほえ。浅葱の友人にもゲーマーがいたんだな。意外だ」

「まあ、そこまで親しいわけじゃなかったけど」

「浅葱よりも私の方がよっぽど気が合いそうだな」

「そうかもな」


 あいつのミラクエ愛についていけるのは、確かに西条みたいなゲーマーじゃないと厳しいだろう。

 西条と他愛ない会話をしている間に、ミラクエのブース前に次第に人が多くなってきた。


「ミラクエのPVも何回か観たし、そろそろ他のブースに行かないか?」

「うむ、そうだな。他にも行きたいところがたくさんあるからな」

「はしゃぎすぎて人に迷惑かけるなよ」


 先だって歩き出した西条に軽口を言うと、西条は足を止めて俺を振り返った。

 西条はムッとした顔になる。


「私は子供じゃないぞ。これでも21歳だ」

「冗談だ、冗談。ほら、立ち止まってると人の邪魔になるぞ」


 西条の横を紺スーツのぽっちゃりした眼鏡の男性が、すみませんと会釈しながら狭そうに通っていく。


「……行くぞ」


 釈然としない表情のまま、西条は前方に顔を戻して歩き出した。

 西条は感情がわかりやすいから、錦馬よりも会話に困らない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る