5-2
日曜日の朝は床後すぐに部屋着に着換えてから、リビングのテレビでニュース番組のスポーツコーナーを観ながら、トーストとブララックのコーヒーの朝食を摂る。
プロ野球のレジェンドが『喝』を連発させて、これがダメあれはダメと興奮気味に獅子吼しているのだが、歯に衣着せぬ言い草に非難された選手をいつも庇いたくなる。
ティントン。
テーブルの傍に置いてあったスマホから、メッセージの着信を知らせる電子音が聞こえてきた。
どうせ、錦馬からの仕事関係のメールだろう。
残り一口のトーストを口に詰め込み、空いている方の手で何気なくスマホを掴んで画面を見た。
スマホの画面には送信してきた相手の名前が表示されている。
『きょう時間あるか?』
極めて短い文面でメールを寄越してきたのは、なんと西条である。
すっかり忘れていたが、レジャープールでの撮影行の際に念のために連絡先を交換していたんだった。
『時間はあるけど、なにか用か?』
ゲーム三昧の生活していそうな西条がメールをしてきたんだ。大事な用事があるに違いない。無駄話はせずに俺は質問した。
コーヒーを口に流し入れていると、すぐに返信が来る。
『付き合ってくれ』
ぶっ!
コーヒーを勢いよく吹き出しそうになって、慌てて口周りの筋肉で抑え込んだ。
西条の人となりを考えると、このメールに恋愛的な意味合いがあるとは思えないが、それにしても強烈な文面だ。
『何に付き合えばいいんだ?』
動揺が鎮むと、俺はそう返した。
『行きたい場所がある』
『どこだ?』
『行ってからのお楽しみだ』
『教えてくれ』
『教えてしまえばお前は来ないだろう。だから教えない』
『教えてくれないなら、俺は付き合わないぞ』
わざわざ休みを費やしてまで、西条の謎の予定に付き合う気はない。
西条は躊躇っていたのか、しばし間があってから返信が来る。
『あさぎでないとダメだ。どうしても来てほしい』
切羽詰まって懇願する西条の姿が想像できる文面だ。
俺でないとダメ、というからには、やむにやまれぬ事情があるのだろうか?
『なんで俺なんだ?』
他の人でもいいはずである。気になって送ってみた。
『前のロケに行くときに待ってた場所にいるからな。車で来てくれ』
『行くなんて決めてないぞ』と俺が返信しても反応はなく、西条は慌ただしい文面だけを残してメールのやり取りから消えた。
予定に付き合うかどうかはさておき、行くだけ行ってあげよう。本当に大事な要件っていう可能性もあるしな。
西条が一部屋借りているマンションの駐車場に車を入れると、西条の部屋から小柄な青色のパーカーの女が勢いよく飛び出してきた。
共通廊下を走り、鉄製の外階段をけたたましい足音で駆け下りていく。
パーカーの女は脇目も振らずにこちらの方に走り寄ってきて、サイドガラスをコツコツと叩いた。
サイドガラスを開けてやると、救われたような喜びを顔に浮かべた西条がいた。
「待ちくたびれたぞ浅葱」
「待ちくたびれるほどの時間でもないだろ。メール来てから十分ちょっとしか経ってないぞ」
西条から返信が途絶えてから、すぐに身支度を整えてここまで車を走らせてきた。着いてからグチグチ言われるのが面倒で急いだ。
「それで、西条はどこに行きたいんだ?」
メールの続きをするつもりで俺は尋ねた。
西条はよくぞ聞いてくれたという顔をする。
「ドームだ。ゲームの展示会が開催されてる」
俺はステアリング横にあるサイドガラス開閉ボタンに指で触れ、閉の側を押し込む。
西条の前のサイドガラスがゆっくりと上昇していく。
「待て、閉めるでない!」
徐々に閉まっていくガラスを見て、西条が喚いた。
俺は仕方なくボタンから指を離す。
「ゲームの展示会って言ったよな?」
「うむ。連れてってくれ」
「俺はタクシーじゃないぞ。なんでお前の私用で俺が車を出さないといけないんだ。一人で行けよ」
「嫌だ」
西条のわがままのような返事を聞いて、俺は開閉ボタンに指を伸ばす。
「閉めるでない。私にも致し方ない事情があるんだ」
「わかったよ、閉めないでやる」
タクシー代を浮かせよう、などという守銭奴みたいな理由で俺を頼ったわけではないことを祈る。
「それで、事情ってなんだ?」
「交通費が足りな……」
俺は開閉ボタンに指を伸ばす。
「閉めないでやると言ったではないか!」
西条は駄々をこねる子供のように叫ぶと、車の外から俺の腕を掴もうと手を突き出してきた。
だが、小柄な西条の腕の長さなどたかが知れていて、俺の顔の前で彼女の腕が空を切っている。
とはいえ、彼女の身体がガラスの収納する溝の上にあるので、俺もガラスを閉めるのはやめておいた。
「あんまり窓際にもたれるなよ。どっか割れたりしたら大変だからな」
宥めに近い俺の物言いに、西条はすごすごと腕を引っ込めた。
「うう、浅葱。そこまで私の頼みを聞くのが嫌なのか?」
「嫌じゃないけど、仕事以外で都合よく使われるのは勘弁したい」
仕事とプライベートはきちんと分けたい、と思うのは普通だろう。
「じゃあ、私はどうすればいい?」
「ドームに行くのを諦めるなり、交通機関を使うなり、まあ選択肢はいろいろあるぞ」
「展示会で行われるイベントの参加権が手に入ったんだ。どうしても浅葱と一緒に行きたい」
「そういえば、メールの時も俺じゃないとダメって言ってたよな。なんで俺なんだ?」
俺が尋ねると、ほんのりと口元を綻ばせる。
「浅葱なら前に車に乗させてもらってるし、運転も静かで安心できるからな」
「そうか……」
褒め言葉を貰うとは思ってもいなかったので、少しこそばゆい。
「頼む。私の用事に付き合ってくれ」
西条が顔の前で両手を合わせて再び懇願する。
ここまで頼み込まれると、断るのは悪い気がしてくる。
「仕方ねぇな。今から家に戻るのも面倒だし、ドームまで連れてってやるよ」
答えた瞬間、西条の顔がぱあと華やいだような笑顔になった。
「恩に着るぞ浅葱!」
子供みたいに嬉しそうに笑いやがる。
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