5章 カップル偽装はゲームよりも難しい

5-1 プロローグ

 七月の初旬に錦馬から正式なマネージャーとして任命され、はや一か月が経った。

 今日はうだるような暑さが続く八月の第一金曜日。

 正式なマネージャーになったと言っても、仕事の内容が大きく変わるわけではなく、相変わらず錦馬の要望には応えないといけないわけだが。

 最近では私用にも俺を連れ出す頻度が増えて、ほんとに召使いのような扱いになってきている。

 例えば今のように――。


「ねえ、浅葱。あんたが小さい頃って何が好きだった? 親戚の子がもうすぐ誕生日だから、何かプレゼントしたいんだけど」


 スタジオからの帰途、俺が運転する車内の後部座席から、聞いてどうするんだと首を傾げたくなる質問が飛んできた。


「なんだろうな。小さいころ好きだったといえば、小学生の頃は公園で友人とサッカーしてたな」

「サッカーを買えっていうの?」

「どれだけの財力が必要な買い物だ、それは。もはや地球規模だろ」


 サッカーのクラブチームを買う、というのなら話はわかるが、いや、それでも次元の違う話か。


「幼稚園の頃とかはどうだったのよ?」


 ふざけた話題に続ける気はない様子で、錦馬は訊いてくる。

 幼稚園の頃ねぇ。


「ごめんな、錦馬」

「ん? 何よ突然謝って?」

「俺は幼稚園じゃなくて保育園だったわ」


 自分の幼少期を振り返ってみて、ふと気づいたのだ。

 まあ、錦馬にしたらどっちでもいいんだろうけどな。


「それで、何が好きだったの?」

「急に聞かれても困るな。うーん、なにが好きだったかな?」


 信号で停車したところで、考えてみる。

 幼少期に好きだったもの、か。


「俺はそれほどでもなかったけど、周りは戦隊物とか好きだったな」

「戦隊物ね。ちょっと待って、調べてみる」


 バックミラー越しに錦馬を見ると、真剣な顔でスマホを操作し始めていた。

信号が青に切り替わり、アクセルに踏み込む。

 前方を行く車の流れに従って道路を進んでいると、しばらくして後部座席で錦馬が動く気配がした。


「ねえ、浅葱」

「なんだ?」


 調べ物で良いプレゼントでも見つかったのだろうか。


「今から少し時間もらうわよ」

「は?」

「この道路を少し進んだ先を左折して路地に入って。戦隊物の玩具が売ってそうな店があるから」


 なるほど、先程の調べ物は店を探していたのか。

 となると、プレゼントはまだ決まってないと。


「仕事帰りだけど、今から行くのか?」

「ついでよ。時間ある時にプレゼントを決めておかないといけないから」

「俺、必要ないだろ。帰りたいんだが」

「いいじゃない。少しぐらい付き合いなさいよ」

「休みの日に一人で来ればいいだろ」

「だって、あたしじゃ男の子に何を買えばいいかわかんないもの」


 正当な理由がある、と言うように錦馬は主張した。

 はあ、そういう頼み方をされると非常に断りにくい。

 マネージャーの仕事ではないはずなんだけどなぁ。


「わかったよ。その店に行こう」


 俺は左にウインカーを出す。


「頼み聞いてもらって悪いわね」


 後ろから錦馬が若干すまなさそうに言った。

 以前より、少しだけ丸くなったかな?

 歩行者に注意しながら、曲がり角で左にハンドルを切った。





※まだ書き溜めが充分であるとは言えないの状態なので、二日か三日に一回ぐらいの更新ペースになるかもしれません。遅筆なもんですみません。

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