4-14
三日目の対戦は、壮大な威容を誇るスヤマウオータースライダーで始められた。
「最終種目。しりとりスライダー!」
例のMCが種目名を叫ぶ。
最終種目だからか、これまでで一番大きい拍手が鳴らされる。
「この種目は全員参加となっています。東と西が三人組を四チーム作り、計四戦行います。三人組で大型の浮き輪に乗り、ウォータースライダーを下って、その間に行われたしりとりで出た単語の数一つに付き一ポイントで競います」
最終種目にしては視聴者へのインパクトに欠けるなあ、と素人目ながら思う。
東軍と西軍のグラドルは、各々が仲の良い者同士三人組で寄り合う。錦馬は野上に誘われて、西条も加わった東芸能事務所三人でチームを組んだようだ。
「野上さんは社交性が高いね」
突然背後から妙齢の女性の声がして、俺は振り向く。
サングラスに白マスクで素顔を隠した入澤さんが、つま先立ちで俺の肩越しにグラドル達を注視していた。
「入澤さん、まだいたんですか」
「もちろん。一年に一回きりのグラビアアイドルの祭典だから。最終日だけでもギャラリーとして、腰のくびれとか、揺れるバストとか、偶発的なポロリとかを、この眼で観戦したい」
「それ観戦とは言わないですよ」
ボケなのかまともに言ったのか定かでないが、思わず突っ込んだ。俺が入澤さんから受けた実直な第一印象は幻だったのか。
「拡大鏡を家から持ってこればよかったあ」
こっそり嘆いている俺の横で、入澤さんは人に聞かれるのもはばからずに腹立たしそうにぼやく。
「浅葱君、拡大鏡持ってる?」
こちらに目も向けず訊いてきた。
「持ってるわけないでしょ、使い道ないですから」
そう返すと、愕然と振り向く。
「持ってないの……」
俺が常識外れみたいに驚かないでほしい、おかしいのはあなたの方だ。
入澤さんは拡大鏡を忘れたのが惜しいみたいだが、眼を撮影中のグラドル達に戻すと、すぐに恋心が芽吹いた乙女のような溜息を吐く。グラビアアイドルの祭典(入澤さん曰く)を見て堪能しているようである。
それから三分くらいすると撮影スタッフ達が何事か耳打ちし合い、撮影がストップした。
「なんですかね?」
「錦馬さんにマイクロビキニ付けさせましょうとか小会議してるんだよ、きっと」
アハアハ、と勝手に妄想を膨らませて入澤さんは笑っている。昨日から俺の中で入澤さんの株が大暴落している。
若い撮影スタッフの男性が撮影班の集団から離れて、こちらの方に歩み寄ってきた。男性はあからさまに迷惑そうな顔をしている。
男性は悦に浸っている入澤さんの背後に来て、すみませんと声をかけた。
「関係者以外の撮影の見物は禁止なんです」
「はい? なんですか?」
男性が見物の禁止の旨を告げてからようやく、入澤さんは彼の存在に気が付く。
尋ね返された男性は、再度伝える。
「あの、関係者の以外の撮影の見物は禁止なんです」
その注意勧告を聞いた瞬間、入澤さんは全身を硬直させた。多分、サングラスとマスクの下の顔は表情を失っているだろう。
「申し訳ございません。撮影現場からお引き取りください」
「いやー」
「強引な方法は使いたくありませんので、どうかお引き取りを」
温厚な顔で男性は頼み込みつつ、圧力をかけるように入澤さんに一歩距離を詰めた。
入澤さんはぶんぶんと首を横に振って、頑なに拒否している。
「それじゃ、わかりました」
仕方ない、という風情で男性は入澤さんは見据える。
「そうまでしてお引き取りなさらないなら、ちょっと手荒ですが強引にでも撮影現場からのお引き取りしてもらいます」
そう言うと撮影スタッフの集団に目配せした。
ほどなくすると、要人の護衛みたいな恰幅の良い体躯をブラックスーツに収めたサングラス着用の男性スタッフがやって来る。
サングラスの男は巌のような身体で入澤さんの眼前に立った。
「ウォーターランドの外まで連れ出しましょう」
男性は冷淡に告げて、サングラス男と共に入澤さんの腕を掴んだ。
「いやーーー、ポロリが見たいぃぃぃぃ」
「何を訳の分からないことを言ってるんですか。行きますよ」
スタッフ二人は入澤さんの発言に付き合う気はないらしく、入澤さんの腕を掴んだままゲートへ引っ張っていく。
入澤さんは抵抗できないと悟ったのか、グラドル達をこれが見納めかのような必死さで見つめながら、彼等に連行されていった。
入澤さんには気の毒だが、番組制作側が見物を禁止だと言うのだから当然の措置だ。
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