4-11

「浅葱さん、さっきの対決のなっちゃん見ましたか? すごかったです」


 撮影日程にはなかったナイトプールでの撮影が終わり、ホテルへ帰る道中、野上が興奮冷めやらぬ風情で俺に言った。


「やっぱりなっちゃんは、日本一のグラドルです」


 手放しで錦馬を褒め称える。


「そんなことないわよ、日本一グラドルの座はまだまだ遥か上よ」


 錦馬は過剰に持ち上げられて、若干照れながら謙遜する。

 謙遜されて野上が不満足そうに唇を尖らせる。


「なっちゃんはもっと自分を評価するべきです。今のグラドルの中で一番の実力者です」

「私よりすごいグラドルをたくさん見てるから、自分のことを一番なんてとてもじゃないけど名乗れないわ」


 想像できないというように首を振った。

 錦馬をグラドルの先輩として慕う野上からしたら、日本一だと誇ってほしい気持ちは理解できる。でも錦馬の言うように力量のあるグラドルはごまんといるのだろう。

 グラドルのマネージャー駆け出しの俺には、ぱっと思い出せる顔はないが。


「マネージャーのあんたから見て、私が日本一のグラドルだと思う?」


 唐突に錦馬が俺に訊く。


「お前がそうじゃないって言うんなら、日本一じゃないんだろ。他にどんなグラドルがいるか知らないけどさ」

「やっぱりそうよね」


 俺の答えに錦馬は頷いた。

 野上が納得いかない顔で、俺を睨む。


「浅葱さんの方からも説得してください、お前は日本一だって」

「本人が違うって言うんだから、俺らだけで無理に日本一と認定するわけにもいかんだろ」

「やっぱり浅葱さんは、なっちゃん贔屓です」


 俺の顔を見ながら、しゅんと呟く。

 贔屓というわけではなく、本人の意思に反して決めつけたくないだけなんだよな。

 他愛もない会話をして歩いているうちに、ホテルのロビーまで帰ってきていた。


「部屋に戻られるのは、少々待っていただけますか?」


 ロビーの受付の人も俺達が宿泊客であるのを把握しているので、部屋の鍵を受け取るだけで何ら手続きもないはずなのだが、フロントの男性が俺だけでなく錦馬と野上も一緒に呼び留められた。


「あなた方をお待ちのお客様がいらっしゃいますので」


 来客の予定があることなど聞かされておらず、どちらの客だろうかと錦馬と野上の方に問いの視線を送る。

 しかし二人とも知らないと目顔で答えた。

 とはいっても俺にも思い当たる客などいないので、男性に客の素性を尋ねた。


「誰ですか、そのお客様って?」

「社長の代理、って伝えればわかると仰ってましたけど」

「誰だろ」


 訊ねてくる客があるだけでも予想外だったのに、肩書を名乗って呼び寄せるとは、一体何者なんだ。


「社長の代理って、多分入澤さんじゃないかしら」


 錦馬が早々に一人の名を挙げた。


「他に考えつく人物いないでしょ」

「確かに。言われてみればそうだな」


 俺達との面識があり、社長の秘書を務めている入澤さんなら、社長の代理と名乗ってもおかしくない。客人が入澤さんだとする推測に、俺も肯定する。

 野上が不思議そうに首を傾げる。


「でもなんで、入澤さんが私達のところに来るんですか?」

「なんでだろうな。社長の代理って名乗ったわけだから、社長から何かの言伝てで来たとしか」


 そうしたら言伝ての内容は何なのか、疑問が尽きない。


「いつまでも待たせる気」


 不意に飛んできた声に、俺達はびっくりして声のした方を振り向いた。

 左手奥の売店コーナーの前で、『スヤマ・ウォーターランド』の清涼な感じに意匠化された文字がプリントしてあるお土産袋を両手に提げた、スーツ姿の女性が俺達に真っ直ぐ身体を向けていた。

 背格好は入澤さんだが、サングラスとマスクを付けていて目鼻立ちがわからず断定はできない。


「入澤さんですか?」


 野上が女性に直接問いかける。


「見ればわかるよね?」


 全身をよく見えるように、袋を提げたまま両腕を広げた。

 顔の装身具を取れば早いのに。


「入澤さん、社長の代理って聞きましたけど、何を託って来たんですか」

「それは後で話す」


 回答を先延ばしにする。


「それより、錦馬さんと野上さんが泊ってる部屋へ案内して。用件はそこで話すから」

「用件を伝えるだけなのに、なんで私となっちゃんの部屋を使うんですか?」


 野上が当然の疑問をぶつける。

 入澤さんの口元がほくそ笑んだ、気がした。


「ここでは話せない内容だから。それに積もる話もあるし」

「私はいいですけど、なっちゃんどうするの?」


 野上は同室の錦馬に最終判断を委ねる。

 錦馬は疲れた目で入澤さんを見つめ返した。


「明日も撮影あるから、長く話には付き合えないわよ?」


 理解ある顔で入澤さんは頷く。


「そんなにたくさん話すことがあるわけじゃないから、長くならないよ」

「それならいいわ。部屋で話を聞く」


 長居しないことを前提に錦馬も了承した。

 お呼ばれではない俺は、自分の宿泊部屋のある廊下へ歩き出そうとした。その矢先。


「浅葱くん、君も来るんだよ」

「へ?」


 いや、なんで? 入澤さんの用って俺にも関係することなのか?


「どちらかというと浅葱君がいないと、伝言の意味がないの」

「そういうことなら、今ここで話せばいいんじゃないですか」


 俺の指摘は尤もだと思うのだが、入澤さんは顔の前で手を振る。


「他の人に聞かれるのはマズいからね。当事者以外には口外禁止だから」


 当事者は俺と錦馬と野上か。もしかして取りやめになった前回の海岸撮影に関することか?


「深刻な内容だったりします?」

「それはないから、心配ないよ」


 はっきりした口調で請け合った。

 一応は安心、と思っていいのか。


「ということは、今度もあんたを部屋に入れないといけないのね」


 錦馬が俺を睨んで腹立たしげに愚痴った。

 だがそれでも、錦馬は拒絶せずに俺の同伴を認めてくれた。

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