2-7

 ※注・この話ではヒロインが誰一人として登場しません。一読前にご了承を。



 蚊帳の外みたいな感じのうら寂しい夕食の時間が終わって、俺は寝泊まりする部屋で加山さんの観ているバラエティ番組内の笑い声をBGMにしながら、時間つぶしにスマホのアプリゲーで遊んでいた。


「そろそろだな」


 加山さんは嬉々としたで呟くと、番組は途中だったがテレビを切って立ち上がる。

 突然違う場所で起こす笑い声が消えて、俺は加山さんが何をするのかと気になって、彼の方に顔を上げる。


「どうしたんです?」

「どうしたじゃないだろう。時間を見てみろ、時間を」


 加山さんはそう言って、自身の腕時計を叩く。

 言われたように時間を確認すると、俺の安物のデジタル腕時計は七時五十八分を表示していた。

 俺はうんざりしながら思い出す。


「飲み会ですね。確か九時から」

「そうだ。隣の滝島と米倉の部屋でやるからな、持ってくもんがあれば用意しとけよ。取りに来るのは面倒だからな」


 先輩風を吹かして言った。

 その彼の言葉に俺は疑問を覚えて訊く。


「持ってく物って例えば何ですか?」

「そりゃお前、つまみにマイジョッキ、それと気に入りの酒。この三点は俺の必須だな」


 指を折りながら揚々と答えてくれる。

 訊いて呆れた、飲兵衛の携帯品みてえじゃねーか。

 俺の呆れた気持ちを表情で汲み取ったのか、加山さんは不服げに眉を顰める。


「なんだ。文句でもあるのか?」

「ないですよ」

「ないならいいが」


 俺に突っかかることはなく、自身の腕時計を再び見下ろす。


「やべ、もう九時だ」


 焦った声を漏らすと、部屋の隅の小型冷蔵庫からコンビニの袋を取り出し手に持つ。


「行くぞ、浅葱」

「いでっ」


 ドアへと歩きながら袋を持っていない手で、ベッドの端に座っていた俺の片腕を掴むと、否応もなく引っ張る。

 俺は引きずられる形で部屋を出た。


「加山さんに、浅葱さん。待ってましたよ」


 一つ部屋を挟んだ二つ隣の部屋の前には、ドアを開け放して滝島が立っていた。

 彼は加山さんと俺が来たのを見ると、室内に向けてサムズアップする。


「他の二人は先にやってるっすよ」

「人が待てんのか、あいつらは」


 言葉とは裏腹に口角を笑ませて加山さんがぼやく。

 室内に入ってようやく掴んでいた手が離れ、腕が解放されたと喜ぶのも束の間、


「浅葱マネ。浅葱マネ」

「君の参加を皆で歓迎するぞ」


 と一足先に座卓を囲んで飲み会を始めている二人の撮影スタッフさんが、俺を見るなりグラスを掲げて囃した。

 滝島がドアを閉めて室内に上がる。


「もう全員、揃ったすかね?」


 加山さんはこの部屋にいる一人一人の顔をさしていきながら、

「いち、にい、さん、し。ようし全員が揃ってる」


 まるで小学低学年生の街探検に出発する前に点呼を取る班のリーダー、みたいな声音で人数を数えた。

 ビニル袋を座卓に置いてすでに飲み始めている二人の間に腰を下ろすと、加山さんは向かいの位置に座るよう俺に手振りで促す。

 今更お断りるのも忍びなく、俺は指示されたところに座った。

 俺が座ってすぐに滝島が、迷いなく俺の隣に着座する

 加山さんは俺と滝島を比較するように交互に見つめて、最後にうむと頷いた。


「二人とも普段から酒を飲むクチじゃあないな」


 自信ありげに言い放つ。


「それじゃ、まずは俺が酌をしてやろう」


 加山さんがそう言うと、右にいる確か米倉とかいう映像編集を担当する眼鏡をかけた神経質そうな男性が、傍らのビニル袋に手を入れてがそごそさせながら何かを取り出す。

 取り出した物は、どこの家にでもありそうな透明なグラスが二つである。

 米倉さんは加山さんに神聖なものであるかのようにグラスを両手で持って差し出し、加山さんは器用に指で挟んで受け取ると、俺と滝島の前に音を立てて置いた。

 滝島は目の前の様子をいかにもワクワクした目で眺めている。

 加山さんは二つのグラスを指さし、


「これは俺らからのプレゼントだ。飲み会へ参加してくれて感謝する」


 飲みにケーション、とか気軽く言っていた割には仰々しい歓迎だ。

 思わぬ贈り物だったが、ここは遠慮せずに貰っておこう。俺は礼を言って二つのグラスの片方を手に取る。

 同じくグラスを貰った滝島が、唐突に涙ぐむように息を詰まらせた。


「加山先輩。俺、このグラス洗わずに一生大切に使うっす」


 鼻水を垂らし顔をぐしょぐしょにして、感涙にむせていた。

 おい、泣くなよ。俺まで泣かないといけない雰囲気になっちゃうじゃねーか。というか、グラスは使った後は洗えよ。


「そうまで喜んでくれると俺らも嬉しいよ」


 加山さんを含める三人は相好を崩した。


 左にいる佐々木とかいう男性のカメラアシスタントは、ラガーマンのような逞しい体躯で、これまた傍らのビニル袋から物を取り出した。

 取り出した物は焼酎の大きいボトルで、筋肉質な体格らしく軽々と掲げている。


「まずはこれから始めましょうや」


 佐々木さんの提案に、加山さんと米倉さんは満更でもない顔で、

「おお、出だしにしてはアルコールが強いねえ」

「悪くない選択だと思いますよ」

 とそれぞれ呟く。


 俺と滝島の断りなく二人の同意を得ただけで、佐々木さんは皆のグラスに焼酎を注いでいく。

 なみなみと注がれた焼酎のツンとする匂いが鼻を衝いた。

 佐々木さんが注ぎ終えると、加山さんは突然グラスを持って立ち上がった。彼の顔に満面の笑顔が浮かぶ。


「撮影の安全を期して、かんぱーい!」


 音頭を取った加山さんに続くように、米倉さん、佐々木さん、滝島の三人がグラスを突き上げる。

 空気を読んで、俺も少し遅れてグラスを掲げた。

 そうして飲み会は賑々しく幕を開けた。

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