2-4
途中からは通い慣れた道を進んで、事務所の駐車場に着いた。
駐車場にはもうすでに社員の車が数台、社員各々の決められた位置に停められていた。
客人や社外関係者用の駐車区画に、まさしくロケ車というべき四角い大型車があり、その車の周りに数人の人が集まって話をしている。
「あの車よ」
俺達三人車から降りると、俺の方を向いて錦馬がロケ車を指さす。
「あれが撮影場所まで移動する、私達が乗る車よ」
「撮影陣は集合するの早いんだな」
「どうせ私らにどんな格好させようかとか、やましいことを話し合ってるのよ」
錦馬はロケ車の周りの人達を白い目で見て言った。
そんなことはないと思う、と野上は苦笑い。
俺と錦馬と野上がロケ車に近づくと、撮影陣の方がこちらに気付いて会釈した。
「錦馬菜津さんと野上優香さんですか?」
下働きらしき若い男スタッフの一人が、念のためか確認してきた。
錦馬と野上は若いスタッフに頷く。
「そうですか。これからすぐに撮影場所に向かおうと思いまずが、何かわからないところがあれば今のうちに訊いてください」
「別にないわよ」
「私も」
二人の返事を聞くと、若いスタッフは俺達から離れてロケ車の中の人に特に質問はないそうです、と声をかけた。
車体横のドアが開けられ、撮影陣の皆さんが乗り込む。
「それじゃ、お乗りください」
丁重に錦馬と野上を乗るよう促す。二人は若いスタッフに礼を言いながら入っていった。
錦馬と野上の後に続いて俺も乗ろうとした瞬間、若いスタッフはドアを閉め始める。
ちょっ待て。
俺は閉まりかかるドアの隙間に身体を突っ込んで、ドアが閉まるのを阻む。
「な、なんですか?」
若いスタッフは突然に身体を挟んでドアを止めた俺にたじろぐ。
「俺、錦馬菜津のマネージャーです」
ドアに挟まれた無様な姿のまま告げた。錦馬がドアから手前の座席の端から顔を出し、笑いを堪えている顔で肩を震わせている。笑うんじゃねーよ。
ああ、マネージャーさんですか、と若いスタッフはあっさり納得し、申し訳なさそうに苦笑してドアを開けた。
危うく追いてけぼりにされかけた。
「初めて見る顔だね」
最前列に座っていた男が立ち上がり歩み寄ってきて、空いた席を探そうとした俺を値踏みすように見据えた。
口の周りに手入れのされていない髭を生やした小太りで短躯の中年男性だ。
「錦馬菜津のマネージャーと言ったか?」
「ええ、一応そういうことになってます」
「一応とはどういうことだ?」
短躯の男は厳しい目つきで俺に問う。
威圧的に訊かれたのは初めてなので、相手の癇に触れぬよう慎重に言葉を選んで答える。
「正式なマネージャーではなくて、見習いみたいな役割です」
「ふむ、そうか。若そうだし、これから経験を積んでいくんだな。頑張れよ」
男の厳しい目つきが緩み、途端に上司然として励まされた。
怒られるんじゃないかと思ったが、案外すんなりと承知してくれた。
「名前はなんというんだ?」
男性は訊いてくる。
「浅葱光人です」
「浅葱光人か。それで浅葱マネージャー、飯山の爺さんはどうした。今日は休みか?」
「同級生の葬式だそうです」
「なんだ、体調を崩したわけではないのか。なら安心した」
心の底から安堵した顔で言った。
ファミレスで飯山さんと話した時は矍鑠としてたけど、よく考えてみれば野上のお祖父ちゃんということだから七十代後半ぐらいだろう。急に身体を壊す恐れは充分にある。
「浅葱マネージャーは今回、飯山さんの代理でもあるわけか」
説明しなくても状況で察したらしい。彼から期待の視線が向けられる。
「加山、そろそろ出すぞ」
「おう、そうしてくれ」
運転席の人の声に、加山さんは短く応じた。
へえ、この人が加山さんなんだ。二十四歳以下しか撮影しない、という妙ちきりんな嗜好を持っていることだから、もっと変質者的な人物を想像していた。
見た目はともかくとして、加山さんの想像とは違った人柄に、俺は内心驚いた。
意外に太いエンジン音が聞こえて、ロケ車は出発した。
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