第3話 すれ違い
老婦人は眼を伏せ、暁斗の話に熱心に耳を傾けていたが、
「お友達の作る曲が変わっていったのかしらね? 昔ほど良くはなくなったとか」
「いいえ、瞬の作る曲はずっと変わらない、名曲揃いです。変わったのは僕の方なんです。
小学校を卒業して中学、高校も卒業して、それでも相変わらず瞬の作る曲は自然の美しさを詩にした童謡、唱歌のような曲ばかりでした。十才の頃の『木立の光』とほとんど変わっていないんです。
僕はもっと激しいロックみたいな音楽が好きで、そういうのをやりたくなったんです。
ただ、大学は違ったので、週末に会って貸スタジオで練習しても、そんな話をする機会はありませんでした。曲は彼に任せるっていうのが僕達の暗黙のルールでしたし。
あ、僕は私立大学の経済学部へ何とか、瞬は国立大の理工学部へラクラクと進学したんです。お互い独り暮らしだったのですが、音楽の事で部屋に頻繁に行き来したのは、最初の一年だけだったですね。そのうちお互いに自分達の大学での人間関係、行動半径みたいなのが出来てきて、僕達のそーゆうのはカブる事がなかったんです。
一度だけ、そう一度だけ大学三年の時に僕の友人と一緒に行動しました。夏には高校時代から湖の側の貸別荘を借りて、仲間も一緒に合宿みたく集中して練習してたんです。今年は二人で頑張ろうって話になってたんですが、合宿の前に大学のゼミ友達との旅行も予定していたんです。どうしても日程がカブって、じゃあ瞬が僕とゼミ友のいるペンションまで迎えに来るわって話になったんです。それで結局、ゼミ友もあわせて車に乗って、もう一台の仲間の車も後について湖まで行ったんです。
でも私立大の派手に遊んでる奴らと瞬とでは話が合うはずもありません。元々、瞬は超然とした感じであまり人に話を合わせる事もしないタイプですから。
瞬の運転している車に彼らが乗っていても話は噛み合わないし、
でも瞬の態度はそこからぎこちなくなりました。高校時代の仲間だったら『オマエら、ここで降りろよ!』とキレて無理矢理降ろしたでしょう。でもこの顔ぶれは自分のテリトリーじゃないってそう思って我慢してたんです、きっと。
ゼミ友の中には僕が当時大好きで付き合いたいと思ってたサーファーっぽいかわいいコもいたんだけど、そのコも同じ態度で、ちょっと瞬を小馬鹿にする感じで、何かイヤなものを見たって感じでした。
この日から僕と瞬の間に溝が出来たのを感じていました。
そんな夏の終わりに、僕達は音楽業界では最大手の会社が主催の新しいコンテストが企画されている事を知りました。一位だけでなく十位以内はプロデビューさせてもらえるという魅力的な話。瞬はそれに向けて、新曲を書くと張り切っていました。僕は頼むから今度だけは一般受けするノリの良い曲にしてくれと手を合わせたんですよ。就職活動中の僕は音楽を諦めきれず、音楽に携わる仕事に就くなら今度が最後のチャンスと思っていました。
で、ある日瞬からコンテスト用の新曲ができたからって電話があって彼のマンションに行くと…」
「行くと…」
「出来ていた曲はあの曲だったんです。『何も言わずに見つめてた こんな秋の野』って。彼は『タイトルは決めてない、暁斗に任せるから』と言いました」
「良い歌だわ」
「良い歌です。でも古風な民謡みたいで、聞いた瞬間、昔から知ってるみたいな気にさせる」
「それが名曲というものよ」
「当時はそうは思えなかったんです。新しいものを探してたし。一般受けするかどうかは主観の問題なんで置いとくとして、ノリの良い曲というのはどこへ行ったんだって…」
「彼を責めたの?」
「はい、責めたんです。何か心の中にあったモヤモヤが一気に言葉になって
彼は真っ青になって『そんなにイヤならもうオレの歌を歌うなよ』と言うと、その新曲の楽譜をビリビリと破き始めたんです。楽譜はまるで桜の花吹雪のようになりました。以来、僕達二人は一緒に活動する事なく、もう会う事もなかったんてす。だから僕達以外の誰かがあの歌を聞いたという可能性はあり得ないんです。楽譜は桜吹雪みたいに空に舞いましたから」
沈黙が辺りを包み込んだ。さっきまで明るく降り注いでいた陽光は少し山吹色掛かって、夕方までもうあまり無い事を感じさせた。
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