いや……ちょっと待てよ。


 本当に、無理な話か?


 出港時と違い、連絡艇の着港はハブポートへ、と決まっていた。ステーションの回転軸に当たる部分である。本来はここが宇宙ステーションの正式な港であり、ここなら大型の船でもなんでも停泊することができる。そして、ハブポートに着港するためにはスラスターによる針路修正と減速が必要だ。だが、マリリンが密航したせいで、そのための推進剤プロペラントが足りなくなったわけだ。


 しかし。


「さくら2」も「さくら1」と同じ直径で、同じ方向に同じ自転速度で回転している。つまり、「さくら2」のリムポートの線速度は、原理的に今の俺たちの艇の速度と全く同じなのだ。だから、リムポートに着港すれば、ほとんど減速しなくて済むじゃないか!


 もちろん、それが禁じられているのはそれなりに理由がある。


 連絡艇は直線運動しているのに対し、リムポートは円運動している。つまり、接触できる時間が一瞬しかないのだ。そんな短時間で艇のドッキングフックをポートのアームが掴めるはずがない。


 だが。


 俺はさくら2コントロールを呼び出す。


「リクエスト パーミッション トゥ ダイバート トゥ リムポート(リムポートへの目的地変更の許可を求む)」


『なんだとぅ?』管制官の声は裏返っていた。『リムポートに着港する気か?』


「アファーマティブ」


『無茶言うな! キャッチアップできるわけないだろう!』


「できるさ。俺はザ・ラスト・ドルフィンライダーの"スルー"だぜ」


 そう。俺の前職は、JASSDFジャスディフ(Japan Aero-Space Self Defence Force:日本航空宇宙自衛隊)のパイロット。最後のT-4ブルーインパルス(曲技飛行隊)のメンバーだった。T-4という機体はその形がイルカに似ているため「ドルフィン」と呼ばれることもある。そして、T-4ブルーインパルスのパイロットはその当時、「ドルフィンライダー」と呼ばれていたのである。"スルー"というのは、JASSDF時代の俺のTACネームだ。


「マニュアルでステーションの回転半径、回転速度に合わせて宙返りループを打つ。俺なら誰よりも正確にそれができる。しかもここでは気流の乱れも全くないしな。そうすれば、しばらくポートとの相対速度はゼロになる」


『だけど、その間ずっとプロペラントを消費するだろう?』


「その通りだ。俺の計算では……それができるのは十秒、ってところだ。だが、それだけあればキャッチアップできるだろう?」


『……わかった。リクエスト アプルーブ!(許可する)』


「そう来なくちゃな!」


 通信を切りかえ、早速マリリンに俺の考えを伝える。


『ほんとに? ほんとにあたしたち、二人とも助かるの?』


「ああ。俺の腕を信じろ。ただ、命綱ライフロープはしっかりフックにかけとけ。いきなりG(加速度)がかかるからな」


『分かった! あたし、スキッパーを信じてるよ!』


「その代わり、失敗したら……俺と心中だがな」


『……いいよ。それなら寂しくないから』


「ま、そうならないように、頑張るさ。さ、もう時間がない。着港の邪魔にならんように、艇の真下に移動してくれ。そこで命綱を引っ掛けて、掴まるところがあったら掴まっているんだ」


『了解!』


 ウインドウからマリリンの姿が消える。


「さくら2」はもう視認できるくらいの距離に近づいていた。


『クリアー トゥ ドック、リムポート03(リムポート03へのドッキングを許可する)』管制官からの指示だった。


「リムポート03、コピー(了解)」


 応えて俺は操縦をマニュアルに移行する。フロントウィンドウに方位計とピッチ計が表れる。スラスターは合計8か所。操縦桿コントロールスティック、ラダーペダル、スロットルレバーはすべて地球上の航空機の機能と同じように動作する。


 03と大きく書かれたリムポートが見えてきた。ドッキングアームが既に降りていて、その先が開いている。あれが俺の艇のフックを掴むことができれば、ミッション終了だ。


「マリリン、準備はいいか?」


『オーケー。移動完了』


「命綱は?」


『ロックした。確認。問題なし』


 念のため、マリリンが映る位置にあるカメラで彼女の姿を確認する。彼女も何か両手で掴むものを見つけたようだった。鉄棒で懸垂するくらいのGはかかるだろうが、あれなら大丈夫だろう。


「ようし、それじゃ行くぞ……レッツゴー、ループ、ナーウ!」


 俺はスティックを引く。ぐん、とプラスGがかかる。艇体はピタリとポートの真下に静止する。


 だが。


 どうしてもアームがフックを掴んでくれない。ポートの技官もマニュアル操作でアームを動かしているのだろうが、なかなかうまくいかないようだ。


 プロペラント残量がみるみる減っていく。警告音。


 まずい。


 あと3秒、2、1……


 もうダメか……


 と、思った、その時だった。


『ええい!』


 マリリンの声がしたか、と思うと、艇体が少しだけ浮き上がる。


「!」


 それが功を奏したのか、とうとうアームがフックを掴んだ。


「マリリン! やったぞ! 成功だ!」


 だが、応答がない。


「おい、マリリン?」


 嫌な予感がした。


 俺は、マリリンを映していたカメラの映像に視線を移す。


 彼女の姿は、消えていた。


 まさか……


 いや、ひょっとしたら……


 あいつ、命綱を外して、吹っ飛んでいったのか……?


 それの反動で、艇体が浮き上がったのか……?


 俺を、助けるために……?


 いつしか、俺の視界がぼやけ始めた。


 バカやろう……何のためにここまでやった、と思ってんだよ……死にたくないんじゃ、なかったのかよ……


 涙がとめどなく俺の頬の上を流れた。


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