『……どうして? 何であたしが死ななきゃならないの?』


「何度も説明しただろ……君はもう少し、物理を勉強しておくべきだったよ」


『……』


 しばらく、無線からはマリリンがしゃくりあげているらしい声しか聞こえなかった。それでも、俺は言葉を続ける。


「君が助かるためには……俺と席を代わるしかない。だがな……君がこの艇にくっついていたせいで、発進時の重心位置が微妙にずれたからな。マニュアルで針路を修正しなけりゃならんだろう。君にそれができるか? ってことだ。できなけりゃ、君だけじゃなく、さくら2で血液を待ってる重傷者たちも死ぬことになる」


『そんなこと……できるわけないよ……』即答だった。マリリンは涙声で続ける。『仮にあたしが操縦できたとしても、あたしの代わりにスキッパーが犠牲になるなんて……そんなの、耐えられないよ……悪いのは、密航したあたしなのに……だから、死ぬのはあたしだけでいい』


「……」


 俺は少し驚いていた。てっきりヒステリックに泣き叫ぶものだ、と思っていた。

 生意気だが、そんなに性格の悪い娘じゃないらしい。


「マリリン、遺言を残しておくか? 家族や恋人に、さ。録音しておいてやるから」


 とは言え、俺が何もしなくても、今までの会話だって全てフライトレコーダーに記録されているのだが。


『恋人なんか、いないよ……ずっと勉強が恋人みたいなものだったから。でも、お父さんやお母さん、お兄ちゃんには……最後に会いたかったな……』


「じゃ、家族宛だけでもいいさ」


『うん……それじゃ、始めるよ。お父さん、お母さん、お兄ちゃん……先立つ不孝を、お許しください……』


 それっきり、無線は沈黙を続けた。


「……おい、どうした? それだけか?」


『……思いつかないよ……何を言ったらいいの? だって、今日死ぬなんて、全然思いもしなかったんだよ? 残すべき言葉なんて、何も考えてなかったよ……』


 そしてマリリンは、再び嗚咽し始める。


『嫌だよ……死にたくないよ……せっかく夢だった、宇宙白血病の研究ができるようになったのに……人生、これからなのに……』


 ……。


 俺は、何も言うことができなかった。できることなら、俺だって彼女を助けてやりたかった。だが……どう考えても、それは無理な話だった。


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