第二章 迷える翅
…確かこの辺だったよな。
足音を忍ばせながら注意深く見渡すと、木々の隙間にあの白い影が見えた。
また奥の木々の先には崖、下には海が見える。
この辺が寒いのはその所為か。
近づいて、見ると、軽く盛った土の前に、花を置いて祈りを捧げていた。
墓参り…か。
俺はそんなのお構いなしに、ずかずかと接近した。
急に物音が聞こえたせいか、びくりと体を震わせ、少女は今にも泣きそうな顔をして、小声で何か唱えていた。
「…い…なさい…ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「だから戦場には来んなつったろ。」
俺は少女の肩を支えてそう言った。
小さくて柔らかい少女の腕は、小刻みに震えていた。
「…あの時のひと?」
少女は溢れた涙を拭って、俺の目を見て問うた。
他人からこんなに見つめられた経験に乏しく、目を逸らしてしまった。
「違うの?」
「いや、たぶん合ってる。よく覚えてたな。」
「声が一緒だったから。」
「俺の忠告を無視してまた来たから、忘れてたのかと思ったぜ。」
少女は黙り込んだ。
「前にも言ったがここは戦場だぞ。武装して無い奴が来て良い場所じゃない。」
「でも私たち、体は丈夫だから。」
「それでもだ。実際、その墓標の主は死んだんだろ?うちの奴らはメイスの人間なら女だろうと殺す。民族的に女ってもんを知らないんだから。」
ガサガサ
背後から気配を感じる。
「おい、そこの茂みに隠れてろ。頃合いを見て上手く逃げるんだ。」
少女は言われるがまま、そそくさと隠れた。
さて、どうやって逃がしたものか。
「アフェル・サドネ…。誰と話していた?」
聞こえてたのかよ…。
「野生動物と。寒さで気でも触れてたみたいで。」
「そうか、なら確認しても構わんな?」
まずい
俺が咄嗟に逃げると、上官の引き連れた部下のオトアレンズが、各々の頭上に浮かび上がる。…射撃待機だ。
羽の形をした金属の塊が、やがて少し大きな球状となり、水のように風で微かに波紋が揺れた。
それらは上官の命で、一斉に発砲された。
無数に小さな弾へと分裂し、音もなく炸裂する。
俺は、オトアレンズで薄い盾を作ったが、固まりきる前に直撃したようで、盾は歪な形で生成された。
危ねえ…
もう少し遅かったら死んでたな。
あの野郎…。
怪しんでいるとはいえ、同胞に向けて撃つとか…どういうつもりだよ。
過激にも程があるだろ。イカれてんのか?
焦って少女を隠した茂みに来てしまったので、隣にいる。
これじゃあ逃がすことも叶わない。
どうしたら…。
「ねえ、軍人さん。さっきの何?黒い塊が、ぶわあって。」
「あ?俺たちは、金属をあんな風に自由に操れるんだ。それがどうした。」
今聞くことなのか?
「どんな形にもできるの?」
「まあ、一応。」
それを聞くと、少女は小さく海を指さした。
「あそこから飛び降りる。」
「おい、正気か?」
「その金属で、大きな風船を作って。それに乗って何とかする。」
「いや、でもこんな重いもの…。」
「空気が沢山入っていれば金属でも浮くっておじいちゃん言ってた。」
マジかよ…。
仮にそれが本当だとしても一人で行くなんて正気の沙汰じゃない。
「俺も一緒に行く。」
「え?」
「海に落ちた後はどうするんだ。正直、俺も何も思い浮かばないが、お前ひとりに危ないこと、させられるかよ。」
イフェル…。あいつから教わった、水中への安全な飛び込み方。
今思えば、何でこんなこと知ってたんだ。
取り合えず飛び込む体勢をレクチャーし、先に飛び込ませた。
少女は恐怖からか、ひどく呼吸が荒かったが、何とか整えて落ちていった。
俺は、彼女が安全に飛び込んだことを確認してから、オトアレンズを回収してすぐに飛び込んだ。
離れた場所から回収する技術を持ってて良かったと心から思う。
着水した瞬間、冷え切った体に鞭打つような衝撃と冷たさを、指先から感じた。
金属を握り締めているからか、特に体が重く感じる。
あいつ大丈夫か?
…とにかくまずは、あいつの言ってた風船的なものを作らないと。
水中でやろうと試みたが、どうもうまくいかない。
溶けた金属は、形作る前に固まってしまう。
なぜだ?
積もる不安、
この深い、青い視界に、俺の冷静さを奪われているようだった。
なにがいけないんだ?
体だけでなく、手足までが寒い。
…手が寒い?
思い返せば、いつも流術を使うとき、手が冷えることはない。
ドロドロに溶けたオトアレンズは、素手で触れると大火傷するほど、熱を帯びるからだ。
もしかして水中で冷えてるせいで成形できないのか?
そう思った俺は、すぐ水面を目指した。
重たい金属を持ってる所為で上手く泳げないが、軍事で鍛えた筋肉をフル活用して、何とか到達した。
少女はとっくに水面まで上がっていたようで、大の字になって浮かんでいる。
「あ、ゴボ…よかっゴボ」
「馬鹿!喋んな!」
宙にオトアレンズを投げ、空中で必死に成形した。
さっきと違って上手くいってる感覚がある。まだ本調子ではないが。
大きな金属の塊が降り、水面が大きく揺蕩いた。
波が落ち着くとそれは、少女の説明通り、浮かんでいた。
すぐに身を乗り出して乗り、少女も引き上げた。
しばらく少女は、ひどくげんなりしていたが「体くっつけてもいい?」とか弱い声で聞いた。
「すごく寒いの。」
「俺だって温かくはないぞ。」
「大丈夫」と囁き、俺にぴったりとくっついた。
少女の表情は、若干だが、安堵したように見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます