第17話『雨夜の訪問者』

【景都】

 土曜日まではあっという間に過ぎ去った。夕都兄さんが紅姫さんに近づく事は無く、奥本先輩も落ち着いて仕事をこなした。恐ろしい量の仕事をボクに回してくるのはどうかと思うけれど。

 雨の降る夜だった。約束したあいつが来る。真実を伝えてほしいと頼んだのはボクだけど、正直に言って会いたくない。

「嫌だなぁ。しかもこんな天気になるなんて」

 雨夜の境内で、僕はビニール傘をさして、約束の人が来るのを待っていた。夕都兄さんは出迎える気が全く無いらしく、居間から動こうとしない。雅都は雅都で部屋に籠ったまま出てこない。そこまで会いたくないのかぁ。

「……分かる、分かるよ。ボクだって嫌だよ」

 独り言が雨音に消える。スマホの時計を確認する。18時半を少し過ぎた頃。ふと、2人分の足音が聞こえてきた。紅姫さんと奥本先輩だった。昼からデートに行って、今戻ってきた。健全、健全。夕都兄さんには絶対無理なプラン。

「おかえりなさい」

 笑顔で2人を出迎える。ほんの少し、雨が強くなったような気がする。気のせいであってほしい。

「ただいま。何だか雨強くなってきたね」

 赤い傘をさした紅姫さんがそう言う。やはり雨は強くなってきているようだ。

「約束した人を待ってるの?」

 紺色の傘の奥本先輩が言う。そういえば、先輩がここに来るのは初めてだ。僕の答えよりも神社が気になるようで、ぐるりと辺りを見回している。

「そうです。もう来ると思うんだけど……」

 急に、ざーっと雨足が強くなる。石畳を叩く雨音に混じって、カラリ……カラリ……と下駄の音が聞こえる。暗い雨夜に聞こえる下駄の音。なんだかホラーだ。奥本先輩と紅姫さんが入ってきた方とは別の入り口……裏鬼門側から下駄の音が近づいてくる。和傘が揺れる。黒い着物に緑の帯。長い黒髪は高く結い上げられ、簪が飾られている。白い肌に紅を刺した唇。中性的な顔が、僕の姿を見つけて怪しく微笑む。僕は静かに頭を下げる。

「わざわざありがとうございます」

「いいって。いつかそうなるって分かってたし」

 ボクよりほんの少し背が高いその人は、ボクの後ろに立つ紅姫さんと奥本先輩に視線を向ける。

「これはこれは鬼姫様!!お久しぶりでございます」

 紅姫さんに向かい、深く深く頭を下げた。紅姫さんの方は、どういうことか分からずに戸惑っている。

「この世では初めまして。オレは水華。いつか思い出してくだされば満足です」

 にこやかな顔でそう言ったかと思うと、氷のように冷たい目で奥本先輩を睨みつける。奥本先輩の顔が恐怖に凍りつく。

「へぇ〜……あんたが奥本司?はじめまして」

「あ……はじめまして、奥本です」

 先輩が頭を下げる。その頭を上げる前に、水華さんは先輩から目を離した。

「兄貴は?いるんだろ?」

「中で待ってるよ。雅都もいる」

 そう言ったところで、水華さんの顔に笑みが浮かぶ。

「そうかそうか。末っ子くん、オレが来るって聞いても逃げなかったのかぁ。強くなったねぇ」

 そのまま玄関へと向かう水華さんの後をボク達は追った。

「おじゃましまーす」

 応えを待たずに水華さんは家の中に入り、迷わず居間へと向かい襖を開いた。

「お!いたいた。何だよぉ、出迎えてくれないなんて冷たいねぇ」

 夕都兄さんを見下ろしながら水華さんが言う。あからさまに不機嫌な顔をして夕都兄さんは煙草をふかしている。部屋の隅には雅都が膝を抱えて座っていた。ようやく部屋から出てきた。

「帰れよ」

「嫌だね。オレも吸わせてもらうぜ」

 水華さんが煙管に火をつける。嫌な空気だなぁ。あ、そうだ!

「夕都兄さん。紹介するね。ボクの上司で紅姫さんの……恋人の奥本司さん。奥本先輩、こっちが夕都兄さん。雅都には1回会ったことあったよね?雅都も覚えてるよね?」

 ボクに紹介されて奥本先輩が顔を覗かせ、軽く頭を下げた。雅都も軽く頭を下げる。夕都兄さんは思いっきり睨みつけている。それに気づいて奥本先輩も睨み返す。バチバチだ。

「奥ちゃん……!」

 紅姫さんに軽く小突かれ、先輩は夕都兄さんから視線を逸らした。

「どうぞ。こちらへ」

 2人を夕都兄さんの向かいに座らせ、ボクも夕都兄さんの隣に落ち着く。水華さんは窓際に座り、少しだけ開けた窓に向かい紫煙を吐き出している。お茶を運んできた黒耀を見て、先輩がポカンと口を開けた。青凪とは全然違うもんね。びっくりするよね。黒耀の脇をすり抜けて黄雷が部屋に飛び込んでくる。先輩の肩が驚きでビクッと上がる。

「雅都!あいつが来てる!!大丈夫?」

「……そこにいるよ」

 雅都が水華さんを指差す。水華さんは黄雷に向かってヒラヒラと手を振る。

「よっ。久しぶり」

 水華を睨みつけてから、黄雷は雅都の後ろに隠れた。青凪は居間の入り口脇に静かに立っていた。

「さぁて、これで全員集合だな。それじゃ、始めよっか」

 聞こえてくる雨音に、水華さんの声が混ざる。落ち着いた、中性的な声。

「むかしむかし……」

 水華さんが鬼姫の本当の物語を語り始めた。

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鬼姫綺譚 水鏡 玲 @rei1014_sekai

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