第15話『最低』

【景都】

 奥本先輩と別れ、紅姫さんと2人で神社へ続くゆるい坂をダラダラと登る。

 夕陽に2人の影が長く伸びる。何にも知らない人が今のボクらを見たら、きっとこう思うはず。

【デート終わりに喧嘩して不貞腐れながら歩いているカップル】

 もしくは

【倦怠期の同棲カップル】

 紅姫さんはまだ落ち込んでいるし、ボクはボクで連絡した相手とそれを夕都兄さんに話さなければならないことで憂鬱になっている。

『喧嘩中の恋人の方がまだマシだよなぁ』

 信じて憧れて追い求めてきた物語が嘘だったこと、鬼姫の存在理由に落ち込む紅姫さん。

 ボクは知っていた……鬼姫が人柱だったことを。有事の際には生贄として差し出されることを。そのために大切にされてきたことも。最期の日の鬼姫の笑顔をまだ覚えている。全てを悟った、悲しい笑顔を。

「紅姫さん、大丈夫ですかぁ?」

「うん……でも、いろいろ考えることが多くて。ちょっと混乱してる」

 そう言って無理に笑った紅姫さんのその顔が、あの日の鬼姫の笑顔と重なる。悲しいのに、苦しいのに、全てを悟り、受け入れ、諦めた時のあの笑顔。

 そんな笑顔を貼り付けて、紅姫さんは黒鳥居をくぐる。

「景都くん?どうかした??」

 鳥居の外で立ち尽くすボクに、紅姫さんが声をかけてくる。振り返ったその姿に、遥か昔の鬼姫が見える。神殿の中でも外でも、ボクたちは一緒だった。微笑む鬼姫。その隣には夕都兄さん。2人の後ろを歩くボク。ボクの隣には雅都。ボクたち4人の後ろには黒耀、青凪、黄雷の鬼達。

「何でもないよ。行こう」

 早足で紅姫さんを追い越して境内に入る。過去を振り返りすぎた。懐かしさに涙が溢れそうになる。

 境内には都合よく夕都兄さんがいた。空を見上げて、煙草を吹かしている。ボクたちに気づいて軽く手を上げるだけの挨拶をしてきた。潤んだ目を誤魔化すために、ボクも空を見上げる。赤く焼けた空に、少しずつ夜が混ざっている。

「夕都兄さん。今度の土曜夜、明けといてね。水華さんが来るから」

「は?なんで」

 案の定、夕都兄さんは不機嫌そうな声を出す。恐る恐る顔を向ける。あぁ、すごく不機嫌そう。もう怒ってる。

「ボクが連絡した。鬼姫の、本当の物語を聞かせてもらうために……痛っ!」

 全部言い終わる前に、夕都兄さんの足がボクの脛を蹴った。すごく痛い。

「なんで勝手にそんなことしてんだよ!本当の物語なんて聞かせなくていい!!」

「紅姫さんはもう知ってるよ。鬼姫が本当は人柱だったってこと」

 その言葉に夕都兄さんが固まる。視線が僕の向こうに向けられる。玄関近くに佇んでる紅姫さんへと。次の瞬間、僕の体に再び痛みが走る。頬が痛い。ついでに背中も痛い。殴られた後で、地面に倒されたことをやっと理解した。紅姫さんの心配する声と、駆け寄ってくる足音が聞こえる。

「どうして勝手に話したんだよ。あいつは……あいつはそんなこと思い出さなくていいのに!!」

「夕都さんやめて!!」


【夕都】

 もう一発殴ろうと振り上げた腕に、紅姫がしがみつく。

「景都くんは悪くないんです。私が話して欲しいって頼んだんです!」

 紅姫が頼んだ。ということは……紅姫は気づいた。俺が怖くて伝えられなかった真実に。その真実はきっと景都が伝えてくれるだろうと、人任せにしたのは俺だ。それなのに、俺はその景都を殴った。鬼姫の真実を知る権利は紅姫にはある。真実を話す権利は景都も持っている。殴る権利は、俺にはない。それなのに……

「ひどいなぁ夕都兄さん。人柱だったことを伝えることから逃げたのはそっちでしょ?夕都兄さんが話さないから、ボクが教えた。ボクが殴られる理由、無いんじゃない??」

 そうだ。殴る理由も俺は持っていない。本当は俺が伝えるべきだった。そして、今分かった。本当は俺が自分で伝えたかった。だからこんなにイラついている。景都にではなく、逃げた自分に。それを景都にぶつけただけ。どこまでもクソみたいな男だな、俺。

 振り上げた腕を降ろす。ホッと息を吐いた紅姫。そんな紅姫を力強く抱きしめる。

「夕都さん!?」

 逃れようとする紅姫を、身動きできないくらいの強さで抱く。鬼姫を失ったあの日から、思い出さない日はなかった。俺たちが何度甦ろうと、眠り続ける鬼姫。出会えない悲しみと苦しみ。自暴自棄になって他の女と遊んだ後悔と胸くその悪さ。次の時代で蘇るために炎の中で命を閉じる辛さ。数え切れないほどの朝と夜を繰り返した。景都も雅都も疲れ切っていた。今回で最後にしようと思った。この時代で鬼姫が目覚めなければ……鬼姫に出会えなければ、俺たちも鬼姫と同じ永遠の眠りに就こう。そう思った。

『次の世でこそ幸せな時を……なんて嘘だったんだろ。少しでも安らかな気持ちで俺たちが死ねるように。そのためについた嘘だったんだよな』

 諦めの方が強くなっていた。今回もきっと会えない。ならば最後はこの世を謳歌して終わろう。そう思った。でも……

『蘇ったあの日に気づいた。今この時代に、鬼姫は目覚めているって』

 桜の花びらを乗せた風が、蘇ったばかりの俺に吹いてきた。桜は、鬼姫との約束。風の中に、鬼姫の気配を感じた。数十年前の、春の日のこと。

 やっと再開できた。それなのに……腹が立つくらい、鬼姫は何も覚えていなかった。嘘の物語で真実を閉ざしてしまっていた。それでも、俺は嬉しかった。会いたかった。ずっとずっと……鬼姫のことを想っていたから。好きだとか、愛してるだとか、そんな言葉じゃ足りないくらいに。

「夕都さん!離してください。痛いです」

 紅姫の言葉に応えるように体を離した。そして……今度はキスをした。深く、長いキスを。

 紅姫の体が固まる。景都が何か言った気がする。キスの後でまた紅姫を抱きしめる。紅姫は抱きしめ返してくれない。その代わりに……

 パシッ……!!

 と言う音が境内に響く。紅姫に頬を叩かれたのだと気づく。どうして?と思って紅姫の顔を見ると

「紅姫……」

 泣いていた。なんで泣いてるんだよ。泣けるくらい嬉しい……んなわけねぇか。

「……ごめんなさい」

 それだけ言うと、紅姫は家に戻って行った。取り残された俺と、未だ寝転んだままの景都。

「最低だね、夕都兄さん」

 よいしょ、と体を起こしながら景都が言う。

「紅姫さん、彼氏いるんだから」

 あぁ……そりゃ最低だ。引っ叩かれて当然だし、泣かれるのも理解できる。

「ちゃんと謝るんだよ」

 そう言って景都も家に戻る。1人になった俺は新しい煙草に火をつける。暗くなった空に煙を吐き出す。晩飯だから戻ってこい、と黒耀が呼びに来るまで俺はただそこで立ち尽くしていた。

 

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