第14話『記憶の真実』

【景都】

 日曜日の午後、ボクは紅姫さんと一緒に奥本先輩の車に乗っていた。紅姫さんに

「鬼姫のことで景都くんに聞きたい事がある。できれば奥ちゃんにも一緒に聞いてもらいたいから、今日の午後、もし時間があるなら付き合ってほしい」

 そうお願いされ、断る理由も予定もなかったボクは快くOKした。

 当然、奥本先輩はボクも一緒に来ることを聞いているはずなのに、紅姫さんと一緒に現れた僕を見てあからさまに嫌な顔をした。

「ひどいなぁ先輩。そこまで嫌な顔をしなくてもいいじゃないですか。紅姫さんからの電話で、ボクも一緒に来るって聞いてましたよね?」

「そうだけど……」

 まさか本当に来ると思わなかった……とゴモゴモ喋りながら先輩は車を発進させた。

 紅姫さんが、あまり人に聞かれたくない場所がいいと言うから、カフェやファミレスに入ることはせず、適当な広さがあるスーパーの駐車場へ移動し、そこに停めた車の中で話すことにした。

「紅姫さん、ボクに聞きたいことって何ですか?」

 後部座席から、助手席に座る紅姫さんへ声をかける。振り向いた紅姫さんの顔色が悪いような気がした。今朝の夢でも思い出したんだろうか。

「景都くん、昨日教えてくれたよね。夢の中で視線を変えてみてって。またいつもの夢を見たの。奥ちゃんにも話したよね。炎の中に髪の長い女の人がいて、私がそれを見てる夢」

 先輩が無言で頷く。

「言われた通りに視線を変えてみたの。出来るかどうか半信半疑だったけど……ちゃんと出来た。そしたら……」

「視線の先には誰がいましたか?」

 ボクのその質問に紅姫さんの顔が曇る。今にも泣きそうな顔になる。そんな紅姫さんの顔を見て、奥本先輩がボクを睨みつける。お前のせいだと言わんばかりに。ハッキリ言う、ボクのせいじゃない。

「それは……。景都くんは知ってるんでしょ?私に聞かなくても」

「あの日、ボクは鬼姫よりも先に死んだ。貴女の最期をボクはこの目で見ていない。だからボクが考えていることはただの想像でしかない。それが真実である確証が欲しい。紅姫さんの知りたいことは、僕が知りたい確証の先にある。怖がらなくていい。悲しまなくてもいい。教えてください、夢の中で視線の先にいたのは誰ですか?」

 紅姫さんの目がゆっくりと伏せられる。その後で、覚悟を決めた目でしっかりとボクを見つめた。

「夕都さんだった」

「あぁ……やっぱりそうだったんだ」

 紅姫さんの目から涙が零れ落ちた。話にピンと来ていない奥本先輩は、どうして紅姫さんが泣いているのか分からず混乱し、ボクは深いため息をついて俯いた。

「夕都さんが、泣いて謝りながら、鬼姫を縄で柱に縛り付けていた。それから……俺もここで一緒に、って。私はすごく怖かったし苦しかった。鬼姫の中からそれを見てた。でも、鬼姫の気持ちは何も分からなかった……」

「ねぇそれって、鬼姫を殺したのは宮鬼くんのお兄さんだったってこと?」

 今まで黙っていた先輩がやっと口を開いた。

「直接の死因は焼け落ちた天井の下敷きになったことなので、夕都兄さんが殺したって言うのは違うのかもしれないけど……自分のせいで鬼姫が死んでしまった。だから殺したのは俺なんだ。ってことだろうね」

 ボクは俯いたままでそう答える。鬼姫が死んだのは夕都兄さんのせいだ。でも、あれは仕方のないことだった。そうするしかなかったから。どうして鬼姫だったんだろう。どうしてボク達だったんだろう。そんなこと分かってる。鬼姫もボク達も禁忌を犯した存在だから。だから選ばれてしまった。

「紅姫さんが聞きたい事って何ですか?……何となく予想はできてますけど」

「鬼姫は神だったの?神殿の奥深くに祀られた、鬼里の神だったの?鬼里神社の御神体は鬼姫の……」

「ハッキリ言います、違います」

 やっとボクは顔を上げ、紅姫さんと奥本先輩の顔を見る。2人とも酷い顔だった。きっとボクも同じなんだろうな。

「鬼姫が神……そうだったら良かったのにって、ボク達兄弟はずっと思ってました。神だったらあの日にボク達も鬼姫も死なずに済んだんですよ。それなのにボク達は死んだ。あの部屋から逃げることも許されなかった。助けに来てくれる人は誰もいなかった。せめて、あの部屋から出られていたら……神殿の外に出られたら……みんな助かってたのかなって」

「鬼姫は神じゃなかった?じゃあ何のために神殿で大切にされてたの?」

 ボクと紅姫さんの顔を交互に見ながら先輩が問う。

「鬼姫は……」

 これをボクの口から言ってもいいんだろうか。そう思ったけれど、きっと夕都兄さんが自分から話すことはないだろう。あったとしてもそれはもっと後のことになる。いずれ知る真実ならば早い方がいい。

「鬼姫は、鬼里の人柱だったんです。里に危険が迫った時に犠牲にするための人柱。だから神殿に住まわせた。奥深い部屋に置かれたのは簡単に逃げ出せないようにするため。ボク達兄弟は表向きは鬼姫を守るための存在だったけど、本当は違う。人柱にされる鬼姫が最期の時まで逃げ出さないよう、人柱としての役目を果たすことを見届ける役は夕都兄さん。その夕都兄さんが鬼姫と逃げることがないよう見張る役がボク。そんなボクを見張るのが雅都。不本意だったけどね。ボクたちみんな、鬼姫のことが大好きだったから。3人で力と知恵を合わせたら、鬼姫を守れるし助けられるって思ってた。3人に付けられた鬼も最初は監視役だった。でも、あいつらも鬼姫と過ごすうちに変わっていった。鬼姫は優しかったから、みんな鬼姫を好きになった。助けたいと思った。鬼姫が逃げられるよう知恵を貸してくれたけど、あの日、鬼達もあの部屋から出ることは出来なかった。きっと、心変わりしたことがバレてたんだろうね」

 そう、これが真実。鬼姫は守られていた訳じゃない。大切にされていたわけじゃない。有事の時に差し出すために飼われていただけ。

「人柱だったんだ……。鬼里神社に祀られるのは神としての鬼姫じゃなく、人柱としての鬼姫」

「おかしいよ。それって変じゃない?鬼姫の昔話と全然違うじゃん。どうして?」

 顔を覆って俯く紅姫さんの肩を抱きながら奥本先輩が言う。

「それが嘘だからですよ。嘘を伝えることが鬼姫への優しさになると思ったんでしょう。転生した鬼姫と、その婚約者になる人が悲しまないように」

「嘘の物語……」

「こ、婚約者っ!」

 嘘に落胆する紅姫さんと、婚約者というワードで興奮する奥本先輩。何だろう、この差。食いつくところが違いすぎるじゃん。

「聞かせてもらいます?鬼姫の物語の真実を」

 興奮して頬を赤らめている先輩は無視して、ボクは紅姫さんに問いかける。力強く頷く紅姫さんを見て、ボクはスマートフォンを取り出しある人へ連絡をした。すぐに返信があった。

『今度の土曜夜7時頃そっちに行く』

 そっけない文章の後ろに緑のハートの絵文字。気持ち悪い。

「次の土曜日の夜ならいいみたいです。ボクの家に来てくれるみたいなので、その時は先輩も来てくださいね……って、ねぇ奥本先輩。ボクの話し聞いてますぅ??」

 ポワンと幸せそうな顔をしている先輩の頬を突く。紅姫さんもちょっと引き気味だ。

「え?あれ?何だっけ」

「次の土曜日の夜、奥ちゃん予定あけておいてね」

 紅姫さんにそう言われて、先輩は嬉しそうに大きく頷いた。

 今度の土曜夜……夕都兄さんと雅都にも居てもらいたい。帰ったら2人にも話さなきゃなぁ。あぁ、夕都兄さんに怒られるんだろうなぁ。嫌だなぁ。

 ニコニコ微笑む奥本先輩の能天気さに少し腹が立つのと同時に、ものすごく羨ましかった。

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