第20話 町の少女

「はわ、すみません。お話し中でしたか?」 

 少しぼろくなった部屋のドアを開けて入ってきたのは、伏し目がちで気の弱そうな、背の低い女の子でした。

「いいえ構わないわよ。待っていたわ」

「きょ、恐縮です。あの、お父さんに聞いてきました」

「ありがとう。それで何て?」

「貸し賃さえ払ってくれれば、へ、部屋をどう使おうと構わないと」

「やっぱりね」

 女の子は自信のない様子で、私の方にちらと視線を送ったと思ったら、見てはいけないものを見たかのように目をそらしました。

「紹介するわね。こちらはこの部屋を貸してくださってる家の一人娘、セシリエちゃん」

「ど、どうも……」

 セシリエは遠慮がちに言いました。

 私も何か言おうとしましたが、初めて会う相手に挨拶をするのなど久しくなかったもので、何と言えばよいのか分かりませんでした。

 名前くらいはと思って口を開くと、ルチアが遮りました。

「で、こっちの仏頂面なのはエリーゼ。どうか仲良くしてあげてね、セシリエ」

「人聞きの悪い言い方はやめてください」

「だったらもっと愛想のいい顔をしなさいな。ほら、セシリエの怯えた表情を見なさい」

「も、元からですよう……」

 どうやら、ルチアは誰に対してもルチアのようです。

 しかし、彼女のように誰に対しても同じ態度でいられる人の方が少ないのではないでしょうか。

 私は言うまでもなく、セシリエの方も、初対面の私に対して少なからず緊張しているようでした。決して、私が近寄りがたいほど不愛想だったわけではない、と思います。

「というか、そろそろ状況を整理させてもらってもいいですか。何も言わずに連れて来られれば、口数も少なくなりますよ」

「それもそうね。では少し順を追って説明しましょうか」

 ルチアがようやく本腰を入れて話す体勢になると、セシリエは慌ててそそくさとドアの方へ駆けていきました。

「そ、それでは私はこれで……」

「もう行ってしまうの? まだお仕事でもあるのかしら」

「いえそういう訳では……でも……」

 セシリエは私の方をちらちらと見ながら、言いにくそうにもじもじとしていました。

「だったらここにいて構わないわよ。しばらくお世話になるのだし、無関係というわけでもないでしょう。ねえ、エリー?」

「ええ、まあ」

「エリーもこう言っていることだし、そんなところにいないで、早くこっちに座りなさいな。ええと、空いている椅子がないわね……エリーの隣でいいかしら。ほら詰めて」

 ルチアは私が腰を掛けているベッドの横に、セシリエを半ば無理やり座らせました。私のすぐ隣に座らされた彼女は見るからに委縮していて、小さい体をことさらに小さく丸めて縮こまっていました。

 セシリエはあまり人に馴染みやすい気質ではないのでしょう。それに押しにも弱いようです。いえ、ルチアの押しが強すぎるだけだとも言えますが。

「うん、いい感じね」

 ルチアは非常に満足げで、少しむかつきました。

「……まあいいです。気が済んだなら、話を始めてもらえますか」

「そうだったわ。ええと、どこから話そうかしら」

 ルチアは考える素振りをしましたが、またよからぬことを考えているとよくないので、私の方から口火を切ることにしました。

「まず、ここはどこなんです。私たちの村からはずいぶん遠くに来たような気がしますけど」

「ここはセントペールという、森の辺縁にある小さな町よ。村からは半日というところかしら」

「半日? それじゃきかないと思いますが」

「ええ、まさか丸二日もかかるとは思わなかったわ。ろくに歩くこともできない誰かさんのために、馬車でのろのろとやって来たせいでね」

 それを言われると言い返しようがありません。ルチアは弱みを握ったとばかりに、悪戯な笑みを浮かべていました。

「馬車というか、ロバ車でしょう」

「何が牽くかなんて些細な問題だわ。……そうだ。セシリエ、あの節はどうもありがとう。急な話だったのに車を用意してもらって」

「ふぇっ。い、いえ」

 セシリエはびくんと体を震わせながら答えました。

「あれは薪を乗せる用の荷車なんですけど、人を乗せるとは思ってなかったので、あんなのしかなくて申し訳ないです……」

「いえいえ、荷物みたいなものだったからちょうどよかったわ。仕事道具を二日も借り出してしまって、マティスは怒っていなかったかしら?」

「ちょっと怒ってた……けど、これで仕事しなくて済むって笑ってたから、たぶん大丈夫だと思います」

「ふふ、マティスらしいわね」

 ルチアとセシリエは顔を合わせて笑いました。

 私の知っている人が、私の知らない人のことを話しているというのが、私にはなんだか不思議に感じられました。

「そうだ、エリー。マティスさんというのがセシリエのお父さんよ。そしてこの部屋を貸してくれている親切な村人。またあとで挨拶しに行きましょうか」

「あ、今日はお仕事なので少し遅くなるそうです」

「じゃあ明日にでも。マティスの仕事場はここよりも森に近いところにあるから、ついでに色々見せてもらうといいわ」

「もらうといいわ……って、ルチアは来ないんですか?」

 私が尋ねると、ルチアはまた意地の悪そうな笑みを浮かべました。

「あら、捨てられた子犬みたいな目をして、そんなに私のことが恋しいのかしら。気持ちは分からなくてもないけれど、いつまでも私がそばにいてあげられるわけじゃないのよ?」

 ルチアには私が寂しがっているように見えたようです。

 とんだ勘違いだ……と言いたいところですが、ルチアがいないことに不安を覚えていたことは事実でした。ただでさえ勝手知らぬ土地に、一人で放り出されれば誰だって多少弱気になるものでしょう。

「私は所用があって同行できないのだけど……。まあ、流石に一人で行けというのは荷が重すぎるでしょうし、セシリエ、いいかしら?」

「え」

 私とセシリエの声が重なりました。

「私からのお使いということで。ついでに二人で少し親睦を深めてみてはどうかしら?」

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