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「うわああああ!」


 ペタンと腰を床に下ろし、大久保さんはガタガタと震えだした。しかし、すぐに敵意をむき出しにして先生を睨みつける。


「な、何かトリックを使ってんだろう!」


「まさか」先生は静かに首を横に振る。「あなたが今木箱から出したばかりじゃないですか。トリックを仕込む余裕がどこにありますか?」


「……」大久保さんがまた怯えた表情に戻る。「な、何なんだよ……それは……」


「そう、分かりませんよね」先生は口元を歪めるが、その目は笑っていない。「正体不明のものが、宙を飛んでいる。まさしく Unidentified Flying Object……未確認飛行物体そのものじゃないですか」


 中野先生は大久保さんの目の前まで歩き、彼を見下ろしながら、続ける。


「でもね、教えてあげますよ。これの正体は、あなたたちの知る概念で言えば、プロジェクターが一番近いでしょうね」


「プロジェクター?……これが? だったら、いったい何を映しているんだ?」と、大久保さん。


「私です」


「は?」


「そう。今のこの私は、高次元からこの三次元世界に映された、射影プロジェクションなのです。だから、プロジェクターのスイッチを切れば消えてしまう」


 その瞬間だった。


 先生の姿が、まるでフェードアウトするように消えていったのだ。


 ふわり、と風が起こる。


「うわあああああ!」


 大久保さんが再び悲鳴を上げる。しかし、またすぐに先生の姿が表れる。


「大久保さん、一緒にあなたの過去を見に行きましょうか」


 そう言って、先生は大久保さんに向かって手を差し伸べた。


「い……いやだ……止めてくれ……助けてくれ……」


 腰が抜けたのだろう、彼はガクガクと震えたまま腰を床に引きずって後じさる。


「さあ」先生が言った瞬間だった。


 先生と大久保さんの姿が、フェードアウトする。


 しかし、1秒もかからず、二人は再び現れた。室内なのに、風が一瞬吹きすさぶ。


「……」


 大久保さんは、茫然自失、といった面持ちだった。が、すぐに彼は先生に向き直ると、深くこうべを垂れる。


 そして、そのまま館長室から出ていった。


「何が……あったんですか?」


 おそるおそる、僕は質問する。


「なに、彼と一緒に彼の過去を見てきただけですよ」先生は飄々としたものだった。「高次の空間から、ワームホールを通じてね。思えば彼にも同情の余地はあります」


「え?」


「彼はね、学生ベンチャーで立ち上げた会社を潰しているんですよ。補助金のせいでね」


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