第7話 警官があふれかえる、おばあちゃんちに


「宗次君、君にだ」

県警の部長刑事が受話器を手で覆い俺に渡す。この刑事はたまにうちに来るので顔を知っている。

狭いおばあちゃんの家に多くの捜査員が詰めていた。パトで、覆面で、自転車で駆け付けた捜査員たち。皆、目が血走っている。無理もない。現場にめったとこない県警本部長の父がいる。父が電話に出ろとあごで催促した。


「はい、代わりました。……ああ、百合さん。(はじめて名前で呼んだが、ためらわずできた)こっちは大丈夫だよ。おばあちゃんは寝てる。……そう、事故はうそだったか。あとは警察がやってくれるから心配ないよ……」

不安がる百合さんをなだめた。


心配ない――は嘘だ!

これほど多くのスタッフが招集されるということは、単に本部長の家族が絡んでいるから……という理由では片付かない。


「宗次、説明しろ」父と部長刑事がコタツに座る。やむなく俺は正座した。

「最初、朝凪百合さんから声をかけられた。このへんのことはオレオレ詐欺で供述したからいいかな。驚いたのはその理由だ。俺のじいちゃんとおばあちゃん、つまり朝凪聡子さんは知り合いだったらしい」


父の眉が寄るのを俺は見逃さなかった。そうかも……と予測していた俺は、父の反応を観察していたのだ。やはり父は朝凪家に心当たりがある。


「百合さんは俺のことを警察の関係者だと思っていたようだ」

これには部長刑事が即答。

「犯人が協力を求めたとき百合さんは『怖いから無理だ』と断ったそうだ。『護衛をつけるから安心してください』と言われたらしい」


初対面の際に見せた百合さんの奇妙な態度が理解できる。な~んだ。俺に気があったからではないのか。ただ俺を護衛の刑事と間違えただけか……。

そういっている間も多くの捜査員が狭い家の中を物色している。

ええ! 紙おむつを切り裂いてまで!


――おい、おい。こりゃどういう捜査だ? 単なる詐欺じゃない! そういえば犯人がいち早く〇〇県警の動きを掴んでいたのはそもそもおかしい。……そうか、警察内部かそれに近い人間が詐欺にかかわっている。だからスキャンダルを恐れた〇〇県警は父に知らせず内密に越境捜査した。


その時、ブーンとやらしい音がどこからともなく聞こえてきた。……蚊だ。父は、うっとうしい顔で空間を見回す。


父が天井を見ながら俺に報告を催促した。


「……犯人は朝凪さんに名簿を探すように指示したが名簿は見つからなかった。そこで犯人は俺をウケ子にしたて、偽名簿を渡すように指示したらしい」


――待てよ、〇〇県警が知らせなかったのは父が関与しているからか? まさか……。それとも父じゃなく、うちの親せきか誰か……。あ、じいちゃんだ。亡くなったじいちゃんが何らかの形でかかわっている。……そうか名簿だ! 名簿はじいちゃんが、英二じいちゃんが……。その時突然「お前はえいじか」の声がよみがえる。


蚊がどこかにとまったのか、父の視線が固定した。


――俺は英二おじいちゃんと間違えられている。間違いなく二人は知り合いだ。ひょっとすると恋人同士だったのかも。当時、困ったことが起きるとおばあちゃんはおじいちゃんに助けを求めた。そして今、無意識に助けを求め俺とJKと引き合わせた。


ブーンと蚊の羽音がまた始まる。父は苛立たし気に舌打ちする。


――じゃ名簿とは何だ。まて、待て、あわてるな俺。落ち着いて情報を整理しよう。


高級官僚の英二じいちゃん・CAのおばあちゃん・合コン・名簿……。

そうか男子はT大出のエリート。女子はCA。すごいぞこの名簿。彼らの多くは生きていれば高齢者の一人暮らしだ。詐欺にこれ程おいしいネタはない!


突然、どこからか電子音が鳴り響いた。発信源を探ると水屋にあった目覚まし時計。目覚まし時計は6時半を指していた。


名簿を皆が探している。捕まったウケ子。デリバリーの男。警察。そしてJK。


水屋の目覚まし時計をそっと戻す。振りかえり父と目が合う。父には疲労の色が濃く出ていた。


面白ぉおおおおー。父には悪いが、俺はワクワクしだした。

どうしてか、って?


俺だけが知っている――あのデリバリーパートナーの意味とおばあちゃんのあの奇妙なことが、この事件のカギだからだ!

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