第6話 デリバリーをスマホでしりぞけた
「えいじ、これ美味しいぞ」
花ばさみを振りかぶった百合さんと俺の間におばあちゃんが割り込む。
「おばあちゃん! あぶないからそこどいて!」
おばあちゃんは俺の手に一口ようかんをのせてくれた。
「あ、ありがとう。遠慮なくいただきます」
俺はおとなしくコタツに戻るとあぐらをかく。百合さんは唖然。「あなた分かっているの! この家からいますぐ出て行って!」
俺はお茶をすすりながら百合さんをたしなめる。
「分かってないのは君だろう。まあ座れよ。話せばすべて誤解で、逆に君がだまされているのが分かるよ」
「何、それ」渋々百合さんははさみを手にしたまま離れて座わる。
「今の電話の相手は〇〇県警と言っていたのか?」
「……答える必要はないわ」
「さしずめオレオレ詐欺を逮捕する協力してほしい……とでも言われただろう?」
「……それがどうしたの」
「そいつが詐欺だよ」
おばちゃんが次の一口ようかんをくれる。俺が会釈して受け取ると嬉しそうに「お食べ」と手ですすめてくれた。
「そ、そんなこと信じられない。だって、『若い男から電話が来たらそいつが詐欺の犯人だ。言われたとおりに渡し、すぐ離れろ。現行犯で捕まえるから』……って指示されたのよ。で本当に若い男から電話が来たし」
「『公園で黒い帽子にTシャツとジーパンの若い男に渡せ』そうも言われただろう」
「ちゃんと紙袋を渡したわよ……偽物だけど」
百合さんはもうはさみを持っていない。おばあちゃんの横に座りなおした。
「それ、俺だよ。君が紙袋を渡した相手は俺だ」
百合さんは慌ててはさみを持ち飛び上がる。髪が扇状に広がった。
「やっぱり、あなたが犯人じゃない! どおりで悪い顔しているもの」
俺ってそういう見てくれなのか。……そうか老け顔とは言われるが。
ち、違う。いまはそこじゃない。
「そいつ捕まったよ。〇〇県警の刑事たちに連行された」
「良かったぁ。ほら、〇〇県警動いていたでしょう」
「残念だが、君が電話で話したのは警察のふりした詐欺師だよ。最初のもさっきのもそうだよ」
父とのLI〇Eを見せる。
「あなたやっぱり警察の関係者?」
「まあ、広~い意味ではそうなるかなあ」
「なあんだ。そう言ってくれればいいのに……。ああ怖かった。実は、そうじゃないかと思ってたんだ。最初会った時この人が護衛だって勘がしたのよ、ね、おばあちゃぁん」
百合さんはペタリとコタツに座りこむ。しかも俺の隣だ。もちろん、はさみは持っていない。こんなにアッサリ人を信じて大丈夫か、この子。
「そうそうブドウがあった。みんなで食べよう」
羽ばたくようにキッチンへ。彼女の目まぐるしい変化についていけない俺。聞きたいことがどんどん後回しされてゆく。次こそは「めいぼ」と「護衛」について尋ねようとした時、キッチンから大きな声が届く。
「おばあちゃん、冷蔵庫にカルタ入れてはダメだって言ったでしょう。百人一首冷やしても意味ないから」
ブドウを皿に盛りつけコタツに置く。「これ、商店街の八百屋さんで買ったの。安いのよ、ひとかご……」
突然、また固定電話が鳴り響く。
「犯人かもしれない。俺が出る」と言ったが、間に合わず百合さんが出た。
「うちの工場で事故? 本当ですか! すぐ帰ります」
百合さんは慌てて家を飛び出した。
「これおばあちゃんの晩御飯。食べさせてあげて」
命令された。コタツに置かれた弁当箱。
玄関に行くともう百合さんの姿が見えない。
居間に戻るとさっそくおばあちゃんは弁当を開けていた。
「おばあちゃんもう食べるの。ちょっと早いんじゃない?」
俺の話も時間も関係ないらしい。目をらんらんと輝かせ手づかみで食べだす。俺は急いで箸を渡すと食べさせてくれとせがまれた。俺はおばあちゃんの指示に従って、煮物・肉・ごはんと口に運ぶ。
よく噛んでね……いや~どうして。どうしてこうなる。
詐欺グループの主犯格か、それとも別の詐欺師か。ともかくもワルが近くにいる! なのに、俺はなぜ食事介助しているんだ?
食事が済むとおばあちゃんは条件反射のように奥の部屋にあるベッドに入った。
「のう、えいじ。あの頃お互いモテたなぁ。皆に頼まれてコンパしたよなぁ。いっぱいカップルも作った」掛け布団をかけてあげる。「あいみての のちのこころに……」むにゃむにゃ言いながら眠りについた。
俺は慣れないことから解放されホッとする。その時スマホが鳴りだした。母からのLI〇Eだ。返信しようとしたらドアを叩く音。
アルミのドアを少し開けると、隙間からUber Ea〇sのような黒い大きなバッグを背負った男が見えた。認知症のおばあちゃんがデリバリーを頼むか? おかしいだろう。男がスマホを見せようとドアに寄る。
「こちらのお住まいで間違いないでしょうか」
「間違いはないが、頼んでない!」
そこにあった傘でドアの隙間から男の腕を思いきり叩く。男はうめき声をあげスマホを落とした。俺の目と合う鋭い目。俺はそいつをスマホで撮影した。
慌てた男は一目散に逃げる。俺はそれを見届けた後ドアの外に出て、落ちていたスマホをティッシュでくるんで拾い上げた。スマホは飛ばしのだろうから持ち主は特定できない。だが画面にもボディにも無数の指紋がある。
家の中に戻りおばあちゃんのベビーパウダーを犯人のスマホにふりかけ、息で吹き飛ばす。俺のスマホで撮影し拡大保存。この画像と顔写真を父に転送した。
すぐに父から返事が来た。
「宗次お手柄だが、そいつは危険だ。絶対に接触するな。スタッフを向かわせる」
今回の事件で捜査線上にあがっていたのか、異常なスピードだった。
だが、警察は捕まえられなかった。俺は、ほくそ笑む。よし。俺がこのワルを捕まえてやる。百合さんにいいとこ見せたい! ……だもん。
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