第2話 強面《こわもて》をスマホで黙らせた

俺のスクールカーストがどう変化したかは、連行のシーンから知ってもらえるとよくわかる。


俺と5人の刑事を乗せたワゴン車は郊外を目指して進む。「このままでは、皆さん大変な目にあいますよ」俺は忠告した。それでも隣の強面こわもては足を広げて腕を組み、目をつむったまま。他の刑事も黙っている。


「○○県に向かっているようですが、僕はウケ子ではありません。僕の名前は堤宗次。公立高校の2年生です。父の名は……(思いっきりためる)……、堤洋一つつみよういち。ここの県警本部長です」


一瞬にして車の中が凍り付く。隣の強面こわもての目が開き、車のスピードが急速に落ちた。強面が俺をにらむ。「本当か?」

俺は、スマホを取り出しLI〇Eで父「堤洋一」の「トーク」を開き見せた。強面は目をぎょろつかせている。いつしか車は停車していた。


「何だったら、父にこれから電話しましょうか」「いや、ちょっと待ってくれ」手のひらを見せて制する強面。リーダーと思しき彼の姿勢は、次第に背中が丸まり膝も閉じていく。


強面こわもての階級はせいぜい巡査部長くらいか。父は警視正だ。警視正の息子をろくに調べもせず、誤認逮捕したことが知られたら5人はただでは済まない。しかも地元警察に筋を通さずに仕事をしていると俺はみた。


二人のやり取りを他の4人は、スマホの操作音すら聞き逃さないように神経を尖がらせている。そこでみんなに聞こえるよう声を張って提案をした。


「真犯人を逃さないようにホテルに戻りませんか」

「ホテル? 何のことだ」

「皆さんが僕を逮捕したのは被害者から連絡があったからでしょう? 犯人から『ベンチに座った黒いキャップを被ったサングラスの男に金を渡すように』言われた。白Tやジーパンも情報に入っていましたか?」

「ああ、リュックもだ」


強面の目が2ビートで泳ぎだした。

「僕たちはずっと見張られていたんですよ」

「そんなはずはない! 俺たちは怪しいやつがいないか公園の隅から隅まで……、えっ! ホテル?」


スマホでホテルの画像を見せると、強面こわもては口をあんぐりさせ固まった。画像には、眼下に公園が広がる部屋が映っている。俺は振り返り、遠くに見える背の高い建物を指さす。


「公園脇の高層ホテルです。あの上層階の部屋なら公園が一望できます。だから、この時間を指定して来たのでしょう」

「あっ! チェックアウトの時間か。急げ! 引き返してあのホテルに行くぞ」

「刑事さん、残念ですがもう遅いと思います。そいつは逃亡の時間を見越して連絡してきたでしょう。今頃はホテル近くのコインパーキングです。ホテルの駐車場では防犯カメラの記録が残る。だから、コインパーキングに駐車したはずです。

早くしないと駐車場から出発しているかもしれません」


俺はスマホを見せた。それには地図が表示されており、赤いピンが指している先にはコインパーキング。強面も前列にいるカップル役の二人も振り向いて俺のスマホをのぞき込む。


「僕が思うに皆さんが遠方から来られたということは、すでに犯人グループを掴んでいて、本陣を切り崩すためウケ子を現行犯逮捕したかったのでしょう。それでわざわざ600kmも離れたこの場所まで新幹線でお見えになった。で、捕まえたらレンタカーで本部まで戻る、こういう筋書きですよねえ」


強面こわもては目を白黒。俺は続ける。


「ならウケ子はここで雇った人間じゃない。皆さんと同じように遠方から来ているということになります。新幹線で来て、レンタカーを借りているのでしょう。ただ皆さんとの違いは、ウケ子は車で600kmも走る必要がない! 新幹線で帰ります」

「それはわかっているが。それを言うならコインパーキングより駅前のレンタカー店に行ったほうがいいだろう」


強面の非難めいた言葉に、僕はスマホをいじりながら答えた。


「レンタカーを借りたのはこの町でしょうか? これは僕の勘ですが、この男はすこぶる用心深いようです。この町で借りたら運転免許の住所から見て目立ちすぎますよ。多分隣の県です。あそこなら観光地だから免許証が遠方の住所でも不自然じゃない。(スマホの画面を見せた)その分駅前の店舗はすごい数あります」


前列の偽装カップルは互いにスマホを見せ合っている。助手席のスポーツマンタイプはナビを慌ただしく操作していた。


「父に頼みましょう」

俺が言うと、強面があせりだした。

「大丈夫です、ご心配なく。父には『知り合いの子が犯罪に巻き込まれている』と伝えます。『それで僕から皆さんに協力を申し出た』ということにしましょう。これなら父は何とかしてくれます。捕まえれば父の手柄にもなりますしね。じゃあ、被害者と通報した人の名前を教えてください。僕が『知り合いの子』の名前を知らないのは、さすがにまずいでしょう」


強面はあっけにとられている。当初渋っていたが、ついにあきらめて名前を白状した。JKの名前は朝凪百合あさなぎゆり、ターゲットにされたおばあちゃんは聡子さとこだった。


俺は父に電話し状況を説明したのち強面に代わった。強面は俺のスマホに向かってペコペコしながら謝ったり、汗をたらたら流しながら協力のお願いをしている。時折、スマホから父の怒鳴り声が聞こえる。

通話が終わると車の中の空気がいっぺんにゆるんだ。ため息が聞こえる。


「間に合うだろうか」強面が俺のほうを向いて眉毛を寄せて尋ねる。俺は子供の頭をなでるように諭した。

「きっと、間に合いますよ。ここから70kmありますが、犯人は高速道路を使わないと思います。ETCカードは履歴が残りますし、現金払いは係と顔を合わせる。そんな危険をいまさら冒さないでしょう。だから一般道を走ります。なら2時間はあります」


俺の口調に強面は顔をしかめていたが、思い出したように謝罪しだした。

「堤君。いや……堤宗次さん。この度は大変申し訳ないことをしました……」

色々、言葉を並べていたが俺は聞いていなかった。JKの名前がわかっただけで十分だ。


LI〇Eに母と神田からメッセージが届いていたので返信する。

「すみません、じゃあ僕は家に帰ります。後は頑張ってください」

唖然としている刑事たちを残して車から降り、足早に帰宅した。


帰ってすぐ母に出来事を報告する。日頃おっとりした母が「怖かったね」「心配だったね」と高ぶった自分の感情をなだめるようにハグしてきた。そして俺の二の腕をしきりにさする。「宗次。お母さんは何があってもあなたの味方だから」


夜遅く、父が帰宅すると「宗次、例のやつは捕まった」と簡潔に報告があった。父の目には何か言いたげなことがあるようだが、それ以上の会話はなかった。うちの男はみなT大出だ。兄もそうだし、父もその父もそうだ。官僚やエリートばかりだ。それに比べ俺は随分出来が悪い。白鳥の家族に生まれたアヒル――これが俺の位置づけ。


母が事件について根掘り葉掘り父の横で聞きだそうとしている。2階の部屋に行く時、二人のやりとりが聞こえてきた。「あなた言ったでしょう。宗次はフツーの子じゃないって。やっぱりすごい子なのよ」「……となりの県警本部長が友人だから何とかなっただけだ」


部屋に入るとLI〇Eに残っていた神田からのメッセージにまた返信する。

これが俺の学校生活を一変させるとは、その時思いもよらなかった。

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