JKと車椅子。それに誰でもなれるスマホ探偵

新開 直

第1話 今日もJKは車椅子を押している


俺は逮捕された。

俺は高校生でありながら逮捕されるような超ワル――なのか?

それとも気がふれた未成年の犯罪者――なのか?

勘違いしないでほしい、そのどちらとも違う。

至ってフツーの、いわゆるモブキャラだ……と俺は思っているのだが、友人の評価ではスクールカースト最下位の、それも変人らしい。


話は、6日前にさかのぼる……。


― ― ― ― ― ― 



「まったくもう、嫌になる。イチャイチャ見せつけやがって。宗次そうじ、同じ学生なのに、この違いどう思う。あ~あ、俺たちの青春はブラックに決定だよ」


俺の名前は堤宗次つつみそうじ《ルビを入力…》。地方都市の高校に通っている2年生。横で、フェンスの向こう側を見てぼやいているのは唯一の友人、神田翔太かんだしょうた。彼の視線は校舎の隅にある自転車置き場に向いており、そこではスクールカースト最上位のイケメン男女たちが楽しそうに話していた。


フェンスのこちら側で下校中の俺たちは最下位のカーストに属する、いじめにあわないだけましな生徒たちだ。


「まあそのうち、いい事があるさ」と俺が相槌を打つと「何だそれは。適当ななぐさめ、言ってくれるなよ。俺はモテたいんだ。だけどルックスはこれだし……オタクだしー。はあ~、……将来ないよなぁ」


「そんなことない」と否定したいが、これといった材料が見当たらないから、ここは黙っておこう。神田はチラッと俺を見て「お前は……顔は普通だが、変人だからな。へへへへ」


ちぇっ、人の汚名を喜んでやがる。お前はゲームに、俺はネットに、人より関わっている時間が長いだけだろう。


「宗次のアクセス先って、変なところばかりだよなぁ。デジタル百科事典や白書とか、法律とか……。超お堅い。自分じゃまともだと思っているようだけど、充分変なやつだよ。……堅すぎて、俺引くわ」


毎年寂れていく商店街を抜け、人を小ばかにして笑っている神田と別れ大通りに出る。


そこで車椅子を押すJKと出会った。

一週間前からちょくちょく見かける。

だがここまで接近したのは初めてだ。


車椅子にはやせた老婆が乗っていた。JKは老婆にしきりに話しかけている。

追い越すときにJKの声が耳に入ってきた。


「たまのおよ……」

……何だ? 何を言っているんだ?

すぐさま老婆が答える。

「たえなばたえね ながらへば しのぶることの よわりもぞする」


……何かの呪文か?


「じゃあ~ね。次は……ええっと……。おほけなく……」

「おほけなく うき世の民に おほふかな わがたつそまに 墨染すみぞめの袖」

老婆がかぶせ気味に歌った。

「すご~い、おばあちゃん。何でも答えられるね」


ああ……そうか。百人一首か。JKがおばあちゃんのために、百人一首をクイズにして遊んでいたんだ。


二人を追い越しざま、石鹸の甘い香りが鼻腔を刺激した。俺はどんな子なのかとJKを見る。キリリとした口元に大きな瞳。水平に伸びる長いまつげ、ゆるやかに上がった口角。


制服はこの町では見かけないものだが、カバンに印字されている学校名はよく知っている。となりまちにある有名女子高だ。


彼女と目が合った。JKは俺をじっと見つめ、笑顔を上向きにして俺に会釈する。

彼女たちは交差点を真っ直ぐに行き、それを見送った俺はようやく住宅街の方へ歩き始めた。

その日はそれで終わった。


次の日、同じ時間に大通りに出るとまた二人に会えた。交差点の横断歩道をこちら側へやってくる。歩道を渡り切り俺に近づくとJKが声をかけてきた。

「こんにちはー。こちらの方ですか?」


俺のそばまで車椅子を寄せてくる。

ち、近い! 肩が触れ合う!

彼女いない歴、ず~と継続中の俺はドローンのように舞い上がる。

「えっ。ええ。……いい天気ですね」

――俺は何を言っているんだ。

すると彼女は空を仰いだ。


「本当に、良いお天気です。……ありがとうございます」

俺に満面の笑みを向ける。

「あ、ありがとう?……いえ、どういたしまして」


……俺ってバカか。やっと出てきた言葉がこれだ。


笑われると思ったら、

「おばあちゃ~ん。お天道様てんとうさまに感謝です。それに今日は初めて地元の親切な方とお話しできました」と再び笑顔をもらえた。


老婆は俺の方を見上げると、皮が辛うじてついている指を向けた。

「あんた、たくじのところの子だったかの。そう、そう、えいじだ。おおきくなって……」

「えいじさんって人に似ているのね。でもこの方違う人よ」

JKは車椅子から目を離し俺の方を見る。「ごめんなさい」

「いえ、大丈夫です」

――会話偏差値の低さに自分でも情けなくなる。


「お会いできて……ありがとうございました。私たちこちらへ行きますので失礼します。」

JKは丁寧におじぎするとゆっくり車椅子の向きを変え、青になった横断歩道を歩きだす。「おばあちゃん、今バラが見ごろよ」――JKの声が遠ざかる。


俺はただ見送った。JKはしばらく行くと、車椅子を公園の方へ転回させた。それから俺のほうへ向き、老婆の手を取り二人で手を振る。老婆も車椅子で微笑んでくれた。


俺はかすかな会釈をして「さようなら」を口の中でもごもご言う。


彼女たちの行先は市民公園らしい。春には桜につられて多くの人が訪れる。側には高層ホテルがあり、宿泊客も結構やってくるという。秋には雑多な色の紅葉。冬には小さな池に、すぐに溶ける無駄な氷が張る。夏は行くことがないのでその様子を俺は知らない。が、今はバラが咲いているのだろう。


翌日、15分遅く下校した。クソ! このタイムロスはでかい。もう二人は公園に入っているかも……。案の定、二人に出会えなかった。


それからしばらく会えない日が続いた。

しかし、となりまちのJKがなぜこの町まで来て車椅子を押しているのだろう……。会えないと次第に気になりだした。


週末、予定がなかった俺は市民公園で過ごすことにした。もちろん、JKに会えるかも……と、期待してのことだ。日差しのきつい初夏、焼けたベンチに座り朝から張っている。


今日は長時間の張り込み《?》に備え白いTシャツにジーパン、頭にはつばの長い黒キャップ、目には紫外線対策にサングラスというスタイルにした。日焼けしないよう冷感タイプのマスクもして行った。リュックには水とタオルも入っている。

……うん、我ながら万全だ。


何度も何度もスマホに目をやり、電池残量を気にしながら左右を見渡す。暑いのにさらに暑苦しくなるような声ではしゃぐ子供と母親。ラフな格好のカップルや、散歩なのか中年の男がぶらぶらしていた。


スマホがセーブモードに切り替えを迫まってきたときJKが現れた。足早に髪を揺らしながら俺の方に近づいてくる。


「今日は、車椅子はどうしたの?」と尋ねようと笑顔でベンチから立ち上がると、いきなり怒られた。


「これ、渡したわよ! これでいいでしょ。二度とかけてこないで!」


紙袋を押し付けられる。

あっけにとられた俺を残して彼女は遠ざかる。

……何? 何くれた? 何を怒っているんだ?

右手にスマホ左手に紙袋を持ち、ベンチで固まっている俺に、近くにいたカップルの男が声をかけてきた。


「こういうものですが、ちょっといいですか?」


手にしていたのは黒い手帳で、紐が胸元から伸びている。

警察手帳だ!

TVで見た通りの場面に自分が出くわすのは、驚きを通り越して何故か奇妙だ。

気が付くと数人に囲まれていた。


おい、おい。これは何だ! 何が起こっているんだ?


刑事たちは無理やり俺を連れてゆく。パトカーに乗せられるのかと思っていたら普通の8人乗りのワゴン車だ。驚いたことに「わ」ナンバーの車で、その最後尾の列に押し込められた。


「人違いです」と何度も言ったが無視される。ガタイのいい男が隣に座る。短髪の強面こわもて。2列目は公園で見かけたカップルだ。運転席と助手席にはスポーツマンのような男が二人。なんとなく状況が把握できだした。


「わ」ナンバーに乗る警察・紙袋・張り込み・現行犯。そして若い男がいきなり公園で逮捕。


――俺は、オレオレ詐欺のウケ子に間違われている!


車は大通りを郊外に向かって進みだした。見慣れたコンビニやスーパー、閉店しそうなガソリンスタンド。外の景色をうかがっていたら次第に落ち着きを取り戻す事ができた。

意外に冷静な自分が誇らしい。


「刑事さん。もう一度警察手帳を見せてもらってもいいですか」


渋々ながら隣の強面こわもては承諾した。

これで決まりだ。

俺は求められたら手帳を見せなければならない相手、つまり容疑者もしくは参考人ということだ。

手帳の表紙にある警察の名前は600kmも離れた県。

この事件で本部が置かれていれば、600km先の警察までレンタカーで連行されるだろう。


これは大変だ……!

――早合点しないでほしい。

大変なのは、俺じゃない。この人達だ。


だから俺はこの刑事さんたちを助けることにした。


その結果、この日を境に俺の学校生活は変わった。

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