本を読む少女
笠井菊哉
第1話
小さい頃から本が好きだった。
外で遊び回るよりも。
だから小学校に入学してから休み時間になると図書室で本を読んでいた。
本を読んでいる時が、私の至福の時だった。
六年生になり、夏休みが明けて、担任の先生が産休に入るまでは。
産休代理のユリカ先生は、見るからに気の強そうな先生である。
「あの先生に逆らうと、絶対に酷い思いをするよ」
私達はそう話し合った。
ユリカ先生が赴任してた数日後、いつも通り図書室で本を読んでいたら、ユリカ先生が入って来た。
ギョッとした。
ユリカ先生は仁王立ちをして私をして見下ろすと
「アスナさんは友達がいないの?」
と、言った。
友達がいない訳ではない。
みんな、私が本を読むのが好きだと知っているので、それを尊重してくれているだけだ。
それをユリカ先生に行っても信じてくれず、
「貴方のような引きこもりが将来、凶悪犯になるの。明日から、休み時間は校庭でみんなと遊びなさい。そうしないと、私立中学校の内申書を悪く書きますよ?」
そう言い残して図書室から出て行った。
私は小学三年生の時から私立中学校受験の為に勉強してきた。
ママと同じ学校に入学し、白襟のセーラー服に黒いリボンの制服を着たかったからだ。
私は翌日から先生に言われた通り、校庭でみんなと遊ぼうと思った。
決めたのはいいけれど、休み時間はずっと図書室にいたので、どう遊んでいいのか分からない。
見ると、仲良しのミサちゃんとルカちゃん、レイナちゃんが縄跳びで遊んでいる。
ミサちゃん達と遊ぼうと思ったら、誰かが私の腕をして掴んだ。
ユリカ先生だ。
「アスナさんが遊ぶグループを見つけました。いらっしゃい」
そう言うと、私を何処かへ連れて行く。
ミサちゃんとルカちゃん、レイナちゃんが、心配そうに私を見ている。
私も何処へ連れて行かれるのか、とても不安だった。
ユリカ先生が連れて来たのは、バスケをしているアラタ君達のところだった。
「アスナさんをグループに入れなさい」
と、ユリカ先生が言うと、アラタ君達は目を丸くした。
「アスナちゃんが危ないですよ、男子とバスケなんて」
グループの一人であるケンジ君が言ってくれたが、ユリカ先生により、強制的に私はアラタ君達とバスケをする事になってしまった。
ボールをパスするスピードが、とても怖い。
みんなも私に当てやしないかと、怖がっているのが分かる。
そして、アラタ君が寄越したパスをして取り損ねて顔面に当たってしまった。
私は気を失った。
気がつくと、私は保健室のベッドで横になっていた。
側には保健医とアラタ君、教頭先生が付き添ってくれている。
教頭先生は、職員室で私が顔面蒼白にボールを当ててしまう瞬間を見てしまい、心配して来てくれたらしい。
「大丈夫?アスナさん。男の子に混じってバスケをするなんて、君もお転婆な部分があるんだね」
教頭先生が言うと、保健医も
「本当に。意外な一面を見ました」
と笑った。
つられて私も笑った。
そしたら、アラタ君は泣き出した。
「ごめんなさい、アスナちゃん。ごめんなさい」
あんまり泣くので
「大丈夫だよ、アラタ君。痛くないし、怒ってないから」
アラタ君が気の毒になり慰めたら、アラタ君はとんでもない事を言い出した。
「ユリカ先生に命令されたんだ。アスナちゃんの顔面にボールを当てろって。そうしないと、私立の内申書を書かないって。バスケの強い私立学校に行きたいなら、言う通りにしなさいって。アスナちゃんの腐った精神を鍛える為だと言われました。ケンジ君も言われました。僕、僕、アスナちゃんと同じ学校に行って、バスケをしたくて頑張ってたから」
アラタ君の告白に教頭先生と保健医は顔面蒼白となった。
間もなくバタバタと保健室から出て行った。
これはママから後で聞いた話だ。
教頭先生を通して、この件を報告された校長先生は慌てふためき、ユリカ先生に事実確認を行った。
当初は惚けていた先生だが、ケンジ君も証言したので言い逃れが出来なくなった。
「私は、引きこもりの犯罪者予備軍を鍛えてあげたかったんです」
というユリカ先生に校長先生は
「私も小学生の頃は、アスナちゃんのように休み時間は図書室で本を読んでいるような子供でした。しかし、私は法に触れるような事はしていません。少なくともアスナちゃんの心は貴方より美しいと思います」
キッパリと言い放ち、ユリカ先生は教頭先生の呼び掛けで集まったお母さん達に白い目で見られたという。
間もなくユリカ先生は遠くの学校に転勤となり、優しくて可愛い先生が担任の先生になってくれた。
そしてまた、図書室で本を読む至福の休み時間が訪れた。
卒業までに150冊の本を読むのが私の目標である。
本を読む少女 笠井菊哉 @kasai-kikuya715
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